五十路の父親の人生に思いを馳せながら、ボーラのホイールをポチる寸前で踏みとどまる

 

※注:この物語は、ヒノデダッズムによく出てくる父親としての自分(「僕」)と職業人としての自分(「フジヤマジロウ」)が、一人のお父さんの心の中で延々と雑談を続ける小説の体で書いています。あくまで個人的な考察なので間違っているかもしれませんがご容赦ください。

 


 

ヤマジロウ: ぬう...もはや...これまで...しからば...御免!

 

僕: おい! やめろ! 切腹でもするつもりかい!?

 

ヤマジロウ: 止めるな! 自分は今から品行方正なイクメンをやめるぞ!

 

僕: そもそも品行方正なイクメンじゃないだろ!?

 

 (※ 僕とヤマジロウの会話は、一人のお父さんの頭の中の葛藤を表現しています)

 

ヤマジロウ: 平日にロードバイクに乗れなくなって、日曜日は2週連続で雨だ。雨だけではなくて責任のある仕事がたくさん降ってきて、結局、休日返上で仕事だ。自分はいつからロードバイクに乗っていないんだ? 仕事はともかく、なんだ今年の梅雨は?

 

僕: 雨に怒っても仕方がないだろ?

 

ヤマジロウ: そして、子供たちは雨が続いて機嫌が悪くて言うことをきかない。その態度に妻が腹を立ててキレている。だめだ...もう、耐えられそうにない。独身男性や子供がいない既婚者の男性には、共働きの子育てがどれだけ厳しいかが分からないことだろう。休日は、仕事がある平日よりも疲れるのだよ。それが何を意味するか? とどのつまり、全く休みがない状態で生活するようなものだ。くくく...あはは、あははは!!

 

僕: ヤバい! フジヤマジロウが梅雨時期の共働きの子育てのストレスでヤバくなったのか!?

 

ヤマジロウ: あははははー!

 

僕: お、落ち着いてよ!

 

ヤマジロウ: ということで、我が心の最終安全装置を起動させる。

 

僕: やめろ! 何をするつもりだ!

 

ヤマジロウ: 何度も言わせるな。最終安全装置、コードネーム「デスティニー」を起動させる。

 

僕: デスティニー...宿命だって? それって...妻に無断で高額なロードバイク用品を買う時のアクションのことじゃないか!?

  

ヤマジロウ: 構わん。父親が倒れたら、この家庭に未来はない。その経済的損失に比べれば安いものだ。

 

僕: だめだ! 自暴自棄になるんじゃない!

 

ヤマジロウ: デスティニー、起動準備完了。あとは、もう一度、クリックするだけだ。これで、全ての煩わしさから解放され、涅槃の時を迎える。

 

僕: やめろ!

 

ヤマジロウ: 今回のデスティニーの正体。それは、カンパニョーロの「Bora Ultra」のクリンチャーホイールだ。すでにカートに入って全ての入力は完了した。今からポチる。くくく...笑いが止まらんよ。あははは、あははは!

 

僕: マジかよ? 君って、カンパニョーロ社のロードバイクホイールが嫌いだって言ってたじゃないか? ボーラウルトラって、すっごく高いホイールでしょ?

 

ヤマジロウ:  定価で37万円。それが、今ならなんと、海外通販で大幅値引きの24万6千円! 結構毛だらけ、猫灰だらけ、お尻の周りはなんとかってね! バンッ! そこのお父さん! ディスクホイールが広がる前の出血大サービスだよ! バンッバンッ!  金は天下の回り物! ホイールだって回る物! こっちは値引きで目が回ると来たもんだ! これに乗らなきゃ何に乗る!? 止めてくれるなおっかさん、背中の銀杏が泣いている!

 

僕: 途中から寅さん経由で駒場祭になってるよ! 自転車の車輪が24万円? 値引きされた感が全くないよ! 奥さんの了解はもらったのかい!?

 

ヤマジロウ: 妻の了解? 知らんな。言ったはずだ。自分は品行方正なイクメンをやめると。これだけのストレスを笑顔で乗り越えられる父親がいるとすれば、悟りを開いた賢人か聖者だろう。女性がそこまでのスペックの男性と結婚する確率は、すなわち、男性が元タカラジェンヌと結婚するくらいの確率だ。自分は賢人でも聖者でもない。ということでポチる。

 

僕: やめろ! 君は日本のことが好きだろ!? メイドインジャパンなんだろ!? どうしてイタリアのホイールなのさ? 日本のことが好きなら、シマノのホイールを使えよ!

 

ヤマジロウ: ぬっ!?

 

僕: (効いたか!?)

 

ヤマジロウ: あはは...あははは! 知らんな。ボーラウルトラの前には全てが無意味。世界中のロードバイク乗りたちが、死ぬまでに一度は使ってみたいと望むロードバイクホイールの最高峰。それがボーラウルトラだ!!

 

僕: 君はそれでも職業人なのか!? 君の体格や走り方に合わせて、プロの職人が手組ホイールを仕上げてくださったのに、その気持ちを踏みにじるのかい!?

 

ヤマジロウ: ぬっ!?

 

僕: 君のために、ハブからリム、ニップルまで考えてくださって、1本、1本、スポークを組んでくださったんだぞ!! 「これ以上のホイールはありえない」って喜んでいたじゃないか!

 

ヤマジロウ: う...うぉおおお!

 

僕: だ、だから、それ以上はクリックするなよ。君はいつも言っているじゃないか。「自転車乗りは、格好じゃないんだよ。自分は求道者になるんだ」ってさ。求道者がボーラウルトラを使うのかい? 使い込んでボロボロになった手組ホイールなんじゃないのかい?

 

ヤマジロウ: うぁぁあああ! ・・・はっ!? 一体、自分はどこにいたのだ?

 

僕: やっと正気になったかい? 

 

ヤマジロウ: 不思議な夢を見ていたようだ...ボーナスシーズンのサイクリストに訪れる物欲魔だな。これから子供たちの学費で金がかかるからな...そろそろ節約が必要だ。

 

僕: そうだろ? ていうかさ、この中二的なフィーリング、どこまで続くのさ?

 

ヤマジロウ: 今回のエントリーはずっと続く。梅雨に入り始める前、自分は一人で江戸川の河川敷を走っていた。そこで、とてつもなく大きな空間に引っ張り込まれたのだ。数学的には...そう、虚数空間に近い。ロジックが通じるようで、全く通用しない。

 

僕: 君さ、頭は大丈夫なのかい?

 

ヤマジロウ: メンタルチェックは常に通っている。しかし、猛烈な焦燥感と虚無感に襲われたぞ。

 

僕: それって、何なのさ!?

 

ヤマジロウ: 「五十路の恐怖」がやってきた。時間は止められない、自分はもう無理だ。

 

僕: アラフィフだって? そりゃ、時間がくれば歳を取るでしょ?

 

ヤマジロウ: じっと考えていると気分が重くなるので、自転車いじりでもしながら話すか。

 

僕: そうだね。

 

ヤマジロウ: 話は戻るが、シマノのホイールというのは、どうしてこんなにデザインが地味なのだろうか。

 

僕: そうだよね。ボーラのホイールに比べると、すっごく地味だよね。

 

ヤマジロウ: シマノは耐久性や機能は随一だが、デザイン部門がアレだと思うのだ。どうしてなのだろうか。

 

僕:  分からないよ。このホイールってさ、シマノだよね?

 

ヤマジロウ: その通り。シマノの...ミドルグレードのRS-500...のようなホイールだ。セールで...そう、29,800円くらいだったと記憶している。ボーラのホイールの10分の1だな。

 

僕: すっごく曖昧な記憶だね。それで、「五十路の恐怖」って何さ?

 

ヤマジロウ: それは、これから迎える50代というステージそのものによるプレッシャーではなかったのだよ。恐怖はその先にある。ほら、サイクリングロードを走っていると、たくさんのシニア世代の男性が散歩していたり、ママチャリに乗って移動していたりする。

 

僕: そうだよね。

 

ヤマジロウ: では、そういったシニアの男性たちを、お前はきちんと識別できるか? 数秒前にすれ違った人たちの姿を思い出せるか?

 

僕: あ、あれ? あまり意識しないね。シニアの人たちの何となくのイメージで通り過ぎちゃって、記憶が残らない感じだよ。

 

ヤマジロウ: そうだ。そこに年老いた自分自身が歩いていたとしても、おそらく自分は気が付かないことだろう。そして、自分は思い出した。自分が保育園児だった頃、家庭の都合で祖父母の家で育てられたのだが、風呂に入れてくれていた祖母に尋ねたことがある。「ねぇ、おばあちゃん、子供が大きくなったら、どうなるの?」と。

 

僕: おばあちゃんの答えは?

 

ヤマジロウ: 「それはね、子供は大人になるんだよ」と。自分は尋ねた。「じゃあさ、大人が大きくなったら、どうなるの?」と。

 

僕: 大人が大きくなったら...か。「おじいちゃんおばあちゃんになるんだよ」が正解かな?

 

ヤマジロウ: 違う。「大人が大きくなったらね...子供に戻るんだよ」と。その言葉を聞いて、自分は鳥肌が立つくらいの恐怖を覚えた。

 

僕: 子供に戻る? どうしてさ?

 

ヤマジロウ: そう、それが分からずにいた。大人になってからは、その答えを理屈では分かっていたさ。大人になって介護が必要になれば、誰だって他者に食べ物をもらわなくてはならないし、入浴だって排泄だって一人ではできなくなる。しかし、それが「子供に戻る」と言えるのかどうか。そして、祖母はすでに他界して、その答えの意味が分からないままになった。

 

僕: ふむふむ。

 

ヤマジロウ: ということで、ホイールのカスタムを進めよう。

 

僕: おい、途中で話を戻すなよ。

 

ヤマジロウ: 今回のエントリーはサイクルネタとサイコホラーのターンオーバーが延々と続く。しかも会話調で長文を書くという離れ業だ。それはともかく、目下の課題はシマノのホイールがあまりに地味だということ。そして、課題を解決するための目的というのは、荒川河川敷のキッチンとれたてのサイクルハンガーに並んでいるオッサンたちのハイスペックなロードバイクのボーラホイールと比べて、全く見劣りしないホイールを用意することだ。予算は500円未満。

 

僕: おいおい、それだと、ステッカーチューンしかできないよ。ボーラのステッカーでも自作して貼るつもりかい?

 

ヤマジロウ: 自分にもプライドがある。偽物のホイールを使う気にはなれない。ということで、これをやる。色々とネットで調べてみたのだが、誰もやっていないようだ。どうしてなのだろう。オッサンならすぐに気づきそうなものだが。

 

僕: ま、まさか...

 

ヤマジロウ: ボーラと言えば、コレだろ。確か、あのロゴは赤色と白色だったな。

 

僕:  魚のボラに行ったか!? 

 

ヤマジロウ: 浦安は漁師町だったからな。魚には詳しい。

 

僕:オヤジギャグだろ?

 

ヤマジロウ: そして、このステッカーをシマノのホイールに貼っていく。

 

僕: うわー、さかなクンが喜びそうだね。それでさ、君が子供の頃におばあちゃんから聞いた話って、その理由が分かったのかい?

 

ヤマジロウ: 「大人が大きくなったら、子供に戻る」という話だな。祖母としては、老いて介護が必要になる状態を「子供に戻る」と表現したのかもしれないが、介護を必要としないまま他界する人もいるし、全ての人に当てはまるわけでもない。

 

僕: そうだよね。

 

ヤマジロウ: しかし、自分のすぐ近くに答えがある気がしてね。江戸川の河川敷沿いをロードバイクで走って、数十名のシニアの男性とすれ違った時のことだった。突然、何かを悟って顔に汗が流れるくらいの感覚があった。

 

僕: サイクリング中は悟らなくても顔に汗が流れるだろ。それと50代になることって、何か関係があるのかい?

 

ヤマジロウ: ダイレクトに結びつくわけではないが、その序章が始まる。あくまで私感でしかないが、自分が目にしたのは、おそらく60歳を超えて、すでに職業人としてリタイアした人たちだと思う。今までの社会を支えてくださった大切な方々だ。しかし、彼らの姿を観察すると同じような印象がある。いや、彼らの姿を眺めて、自分が勝手に感じ取ったに過ぎない。

 

僕: それって、何なのさ!?

 

ヤマジロウ: ということで、ステッカーを貼っていく。

 

僕: 会話調でブログの文章を書きながら、二つのストーリーを並列で流すなんて、読んでいる人たちが混乱するでしょ?

 

ヤマジロウ: 読んでいる人たち? なんのことだ? 

 

僕: いや、何も。

 

ヤマジロウ: 自分はすでにアラフィフだ。60歳でリタイアするとなれば、あと10年と少しくらいしか職業人生が残っていない。しかし、アラサーやアラフォーに比べると、アラフィフのプレッシャーはとても大きいな。

 

僕: どういう意味さ?

 

ヤマジロウ: 職業人として生きた父親が、職業人生を終えること。それは、人生の新たな局面に入るということだ。若い頃のイメージとしては、定年で退職するということは働くことから解放されるという印象があった。

 

僕: そうだよね。 第二の人生とかって言うからね。

 

ヤマジロウ: 自分がアラサーのパパだった頃、保育園でたくさんの子供たちが育っている姿を眺めて、「ああ、この子たちは、今は同じクラスで遊んでいるけれど、大人になるにつれて様々な道を歩むのだろうな」と思った。

 

僕: まあ、そうだよね。

 

ヤマジロウ: アラフォーのお父さんになって、小学校の運動会で頑張っている子供たちを眺めて、その気持ちがさらに大きくなった。

 

僕: うんうん、まあ、そうだよね。私立中学に進んだり、その後は大学に進んだり。

 

ヤマジロウ: そして、アラフィフの親父になったところ、個人的には凄いことに気づいた。

 

僕: え?

 

ヤマジロウ: うーん、赤色と白色のカラーリングは間違っていないはずだが、なんだかボーラのホイールとは違った可愛さがあるな。

 

僕:またしてもターンオーバー!

 

ヤマジロウ: なんだか違う。これではキッチンとれたてで本物のボーラのホイールを使っているオッサンローディに笑われてしまう。

 

僕: うーん、どうしてだろう? あれ?

 

ヤマジロウ: なんだ?

 

僕: この魚って、ボラじゃなくない?

 

ヤマジロウ: なに!?

 

僕: ボラじゃなくて、ノドグロだよ!

 

ヤマジロウ: 正式な和名は「アカムツ」だな。学名は Doederleinia berycoides。スズキ目スズキ亜目ホタルジャコ科に属する海水魚だ。テニスプレーヤーの錦織圭選手が、日本海側の別名の「ノドグロ」を食べたいと言ってしまってから、ノドグロという名前がポピュラーになり、人気が上がって数が減ってしまったという噂まである。

 

僕: 危なかったね。ノドグロのステッカーを付けて荒川サイクリングロードを走っちゃうところだったよ。

 

ヤマジロウ: 全くだ。ボーラのホイールのオマージュでもなんでもなくて、魚好きのロードバイクになってしまう。

 

僕: でもさ、ノドグロって、美味しいよね。

 

ヤマジロウ: 特に日本海側のノドグロは旨いが、海水が綺麗なところで釣ったボラならば、すぐに血抜きをすれば刺身で食べても美味しかったりする。

 

僕: ああ、ボラの洗いだね。脂の乗った鯛みたいな感じだよね。

 

ヤマジロウ: 浦安の境川のボラはどうなのか分からないがな。 

 

僕: ま、まあね。

 

ヤマジロウ: それで、アラサーやアラフォーと違って、アラフィフがやってきた時、ふと祖母の話を思い出したわけだ。確かに、大人が歳を取れば子供に戻るなと。

 

僕: どういう意味さ?

 

ヤマジロウ: 市立小学校に通う子供たちを見れば分かる。勉強ができるとかできないとか、運動が得意だとか得意でないとか、家庭がどうとか、両親がどうとか、そういった様々な要素がある。しかし、皆が小学生だ。同じ授業を受けて、同じ食事を食べ、同じ時間に帰宅する。自分の考えでは、ここがベースラインになる。

  

僕: そりゃそうさ。

 

ヤマジロウ: しかし、そこから先の人生は違ってくる。公立中学に進む子供たち。私立中学に進む子供たち。そして、高校に進んだ後で働く人たち。専門学校や大学に進む人たち。そこからは職業人生がスタートする。国家資格やMBA、博士号を取得して働く人もいれば、特に資格を持たずに働く人もいる。その職種だって様々だ。

 

僕: そうだよね。人生色々だよ。そこから結婚する人もいれば、結婚しない人もいて。子供がいる人もいれば、子供がいない人もいるわけで。それと、どこに住むのかとか、どのように住むのかとか。

 

ヤマジロウ: そう、まさに人の数の分だけの人生がある。自分は父親なので父親の人生について考えてみただけでも膨大なパターンがあるわけだ。自分と同世代であれば、すでに大学教授とか、小学校の校長や教頭になっている父親もいるだろうし、銀座の料亭や舞浜のホテルで料理長をやっている父親もいることだろう。浦安上空を眺めてみれば、羽田を離着する航空機を操縦している父親たち。都内や千葉県内の企業で働くたくさんの父親たち。

  

僕: 企業って一言でまとめても、すっごくたくさんの種類があるからね。

 

ヤマジロウ: その通り。たくさんの人たちの仕事が、たくさんの人たちの幸せに繋がっている。国を守るために潜水艦の艦長として海の中にいる父親とか、政府のエージェントとして働いている父親だっているだろうし、もちろんだが医師や警察官として人を守り救っている父親たち、農業を営んで安全な食糧を届けてくれている父親たち、バスを運転して市民の生活を支えている父親たち。市役所の中の父親たちだって街を維持する大切な仕事だよ。

 

僕:  ほんと、小学校の時は、同じクラスの中で生活したのに、別々の道を歩いていくんだよね。

 

ヤマジロウ: しかし、働く場所や内容は違っても、全ての父親に与えられた使命がある。それは、子供たちを守り育てることだ。熱くなってきたのでホイールのことはすっ飛ばして話を進めていく。サイクリストなら説明は要らんだろ。

 

僕: それで、アラサーやアラフォーでは気づかなくて、アラフィフだと気づくことって、何さ? 

 

ヤマジロウ: アラサーやアラフォーの場合には、小学生というベースラインから始まって、複雑性のある人生のトラックを進むという、そこまでのステージしか見えていない感があった。

 

僕: まあ確かにそうだよね。

 

ヤマジロウ: それが悪いとは言わない。しかし、「俺の人生はこれでいいのだろうか?」とか、「これからの人生はどうなるのだろうか?」とか、色々と考えたりするわけだよ。職場が合わないからと転職を考えたり、夫婦仲が悪いからと離婚を考えたり、そういった迷いが生じる時期と言えばそうだが、人生の残りがまだ十分に残っていて、考える時間も、方向転換する機会もあることだろう。まあ、自分としては神の前で誓った夫婦は離婚せずに連れ添ってほしいところだが。

 

僕: 今から振り返るとさ、アラサーの時期って、フワフワした感覚が楽しかったよね。

 

ヤマジロウ: しかし、アラフィフは違う。50代になって、そこから10年が過ぎれば、遅かれ早かれ職業人としてのリタイアの時期がやってくる。しかも、アラサーとかアラフォーだった時よりも、明らかに体感する時間の流れが速い。気が付くと1ヵ月が過ぎたり、気が付くと季節が変わっていたりする。なんだこのイリュージョンは? 過去のブログをチェックしても、これは間違いないと思う。1年なんてあっという間に過ぎていく。

 

僕: 子供が小学生でも、10年経ったら成人式だよ。人生って早いよね。

 

ヤマジロウ: しかも、小さな子供たちを育てている父親たちは気づかないかもしれないが、子供がいない同世代の男性と話し合って分かったことがある。子育てをしている男性と、そうでない男性では、体感する時間の流れが違う。物理学的な時間の流れは同じはずなのに、脳が認識する時間が違うとは非常に不思議だ。

 

僕: マジかよ?

 

ヤマジロウ: それだけなら、ただのオッサンの懐かしい話だが、自分が気付いたのは、ここからだ。

 

僕: 「大人が大きくなったら、子供に戻る」というおばあちゃんの話だよね?

 

ヤマジロウ: 自分たちを育てた父親たちの世代は、団塊世代だ。やや競争心や自己主張が目立ったりもするが、彼らは日本の高度成長を支えた人たちだ。アグレッシブとさえ表現できる団塊世代の父親たちが職業人生をリタイアした姿を、実父の背中を追いかける形として実感しているのが、自分たちのような団塊ジュニア世代の父親たちだな。そして、団塊世代の父親たちは、リタイアした後にどうなった?

 

僕: 現役時代はバリバリ働いていたのにさ...何だか元気がなくなった感じがするよね。あしたのジョーみたいに、真っ白な灰になったって表現すると失礼だけれど、大切な何かを失って。家庭菜園をやったり、蕎麦打ちをやったり、おもちゃの修理とか、自治会の掃除、奥さんの手伝いとか。家庭とか買物先のスーパーとかで、奥さんから厳しいことを言われているシニアのお父さんを見かけるよ。

 

ヤマジロウ: 台所で食事の後の皿を洗っている背中が悲し気だな。彼らは、まだまだ前線で働ける人が多い。心身は老いたとしても、職業人としての経験やスキルは老いていないからな。しかし、システムとしてはリタイアになってしまうことも現実だ。そして、職業人としてのリタイアを迎えた瞬間に、職歴や学歴といった、それまでの自己を形成していた要素がリセットされてしまうのではないだろうか。

 

僕: まあ、おじいちゃんになってから、どこの大学の出身だとか、大企業の社員だったって言われてもねぇ...

 

ヤマジロウ: 職業とか学歴というものは、あくまで社会の枠の中での位置づけであって、それらを自らに投影することで自分が存在していると考えてもおかしくない。

 

僕: 君さ、高尚なことを熱弁しているけれど、やっていることはオヤジギャグだよ。

 

ヤマジロウ: アラフィフになると、職業人としてのリタイアが現実的になる。お世話になった先輩たちの背中を見送ることが増えてくるからな。

 

僕:  まあ、そうだよね。とても寂しいよね。

 

ヤマジロウ: そして、その時期が、毎年、毎年、近づいてくる。職業人という人生の大きな柱が、桜の花びらとともに消え去った時。父親は何を感じ、何を考えるのだろうか。

 

僕: うーん、うちの親父とかを見ていると、何かを感じたり考えているように思うけれど、何だか戸惑っているというか...そう、呆然としている感じがあるんだよ。仕事が大変で、趣味とかがなくて、友達が少なかったことを嘆いていたり。別に若い頃から気付いていたのだろうけれど。

 

ヤマジロウ: おそらくだが、自分が自分であり続けるためには、驚くほどに多くの要素が必要なんだ。そして、職業人をリタイアすれば、多くの父親たちが同じベースラインに落ち着く。小学生と同じだと表現するのは語弊があるが、学歴も職業も関係ないフラットな世界で生きていくことになる。家であったり、貯金であったり、そういった差があったとしても、単純な状態から複雑化を経て、再び単純な状態に戻る。

 

僕:  それって...

 

ヤマジロウ: そう、自分が保育園児の頃に、祖母から教わった「大人が大きくなると、子供に戻る」という話によく似ていると思わないか?

 

僕: ほんとだよね。あ、あれ? だったらさ、ほら、電車の中でたくさんのアラサーとかアラフォーの人たちが感じていることも理解できるよね。

 

ヤマジロウ: ああ、Twitterを眺めるとよく分かるし、自分もその姿を見ると残念な気持ちになるな。父親なのかどうなのか分からないが、50代の男性たちの電車内でのマナーが悪いことが多い。日本は恥の文化だというが、恥を忘れたのだろうか。まるで、我慢や抑えが利かない子供たちに似た雰囲気を感じることはないだろうか。

 

僕: ほんとだよね。混み合った電車に何も言わずにグイグイ背中から押し込んできたり。新聞をバサバサ広げたり、足を組んで伸ばしたり。やめてほしいと思っておじさんの顔を見たら、「なんだこら?」みたいに睨んできたり。あと、煙草の臭いが染みついたスーツで乗ってきたり。スマホやタブレットで子供みたいにゲームに熱中しているおじさんとか。

 

ヤマジロウ: 本来ならば、歳を取ることで深みのある男になればいいのだが、むしろ子供に戻っていくような感がある。欲求に素直で我慢が利かない。若い人たちからは老害という不適切な呼び方までされたりもする。残りの人生が限られている中で、職業人としてやり残したことがないか沈思黙考しているような50代を見かけることは少ない。

 

僕: しかもさ、そのゲームがブロック崩しとかポケモンなんとかみたいな単純なゲームなんだよね。高得点を出してガッツポーズしている人までいてさ。

 

ヤマジロウ: ゲームなら可愛いものだ。電車の座席に座って、スマートフォンでポルノ動画に熱中している50代らしき男性を見かけたことがある。窓に画面が反射したら丸分かりだ。

 

僕: 信じられないよね。

 

ヤマジロウ: 子供に戻るというベクトルではなくて、どこか別の方向に行ってしまっている。

 

僕: 通勤電車の中での発泡酒や缶チューハイを飲んでいる人も困るよね。在来線の駅のホームで酒を販売しているコンビニの方針もどうかと思うけど、たくさんの人たちが乗っている電車の中で酒を飲んでる50代くらいのおじさんって、多いよね?

 

ヤマジロウ: 酒を片手に柿ピーまで食っている50代がいたりする。在来線だぞ? 旅にでも出ているつもりかと。もちろん、50代だけではなくて、40代の中年男性もいたりするが。酒なら店で飲むか、家に着くまで我慢しろと言いたい。あれは恥だ。 

 

僕: 電車の中でお酒を飲むと、とても臭うよね。それと、駅のホームとかで酔っ払ってるおじさんも危険なんだよ。フラフラしていたりするでしょ? そんな酔っ払らいに誰かが押されたら、大変なことになるから。それよりもすごいなって思うのは、コンビニのレジ袋で缶を覆ってお酒を飲んでいる50代のおじさんたち。

 

ヤマジロウ: 「俺は酒を飲んでいるわけじゃないぞ」とでも言いたいのだろうか。馴染みのバーにやってきて、いつものカクテルを頼むダンディな男性とは正反対だな。しかも、自宅に着くまで酒を我慢できないという状態は、アルコール依存症かもしれないと心配になる時がある。駅前に住んでいる人ばかりではないだろうから、駅に着いてから自転車で帰宅する人もいることだろう。新浦安でもたくさん見かけるが、酒を飲んで自転車に乗ったら飲酒運転だ。

 

僕: あとさ、ほら、ロードバイクサークルを運営していると、50代のお父さんたちからの入会希望って凄いよね。

 

ヤマジロウ: 以前は、メッセージが届く件数の8割以上が50代だったな。当初は喜んで迎えたりもしたが、サークルとして一緒にいるのが辛かった。人生経験が豊かなのだが、言動に癖があってね。まあ、自分も近い将来、50代になるわけだが、友達付き合いというのは30代とか40代の頃から続けて、そこから熟成するということの方が大切だと思うんだ。もちろん、うちのサークルにも50代で入会してくださったメンバーはおられるが、人として尊敬できる人物だったからさ。今は50代の入会を断っている。人と人との繋がりというのは、いきなり輪の中に入って生まれるものではなくて、時間をかけて深めるものだから。

 

僕: まあ、仕方がないかもね...

 

ヤマジロウ: けれど、電車の中で恥を知れと言われかねない言動をやってしまう50代の男性にしても、今になってサークルに入って友達を増やそうとする50代にしても、彼らの気持ちが分かるようになってきたよ。

 

僕: それって、学歴とか職業とかの自分がなくなって、皆が同じベースラインに近づいていることに気づいて、投げやりになっているとか、焦っているとか、そういったことなのかい?

 

ヤマジロウ: 無意識の中の意識に加えて、老いによって感性や思考さえも衰えるのかもしれない。それと、職業人としてのリタイアが近づくと、職場では誰も注意してくれる人がいなくなったりするからな。周りに対して遠慮しない働き方をしていたら、電車という公共の場でも同じ態度に出てしまっても仕方がないさ。スポーツサークルに入ってきても偉そうな態度に出たりするのは、そういった背景があるのかもしれない。それと、後者の「焦り」というのは、よく分かるな。

 

僕: 終わりが近づいてきていることが焦りに繋がるのかな?

 

ヤマジロウ: 50代に入る前の段階で、そこから先をイメージして、ある程度は腹をくくって覚悟しておけば、そんなに焦ることはなかったかもしれない。しかし、アラサーやアラフォーの延長線でそのまま進んで、いざ心身が衰えて、そこで気づくのさ。「ああ、このままでは職業人をリタイアした時、どうなってしまうのだろう」と。

 

僕: でもさ、一生懸命に働いてたら、そういった感じになるでしょ?

 

ヤマジロウ: もちろん、それだって生きてきたことの大切な証さ。しかし、人はそれだけでは満足できないのだろう。50代で仕事以外の自分の大切さに気づくことができれば、まだ対応ができると思う。それでも構わずにリタイアまで突き進むと、リタイアした後は周りに友人もいなくて、家庭菜園や蕎麦打ちかもしれないな。もしくは、職を探して働き続けるか。自分の場合には死ぬ5年くらい前まで働こうかなと思ったりもする。

 

僕: マジかよ?

 

ヤマジロウ: 70歳くらいで死ぬとして、65歳まで働いて、残りの5年間で就活ならぬ終活だよ。友人や家族には長生きしてほしいけれど、自分はそれくらいで十分さ。孫に出会うまで生きるのだとこだわらないけれど、孫たちが墓の中にいる自分の現役時代を知った時、「僕のじいちゃん、カッコいい!」と言ってくれるような生き方がいいな。

 

僕: 「永遠の0」とか?

 

ヤマジロウ: 戦争を美化しているわけではない。孫たちが祖父の若き日のことを知って、改めて深く考えるという流れは、やがてやってくるかもしれない爺ステージにおいては格好が良い気がする。その辺りの男の美学をグッと掴むようなストーリーなんだろうな。

 

僕: 孫のことはともかく、友人関係って、とても大切だよね。職業人生が終わっても続くんだから。

 

ヤマジロウ: その大切さを知ったのは、自分がアラフィフになってからだな。50代や60代になって、急に友人を増やそうとしても、他者の目に映っているのは50代や60代の自分だよ。アラサーやアラフォーの時からの自分を知ってくれる人たちは、自分の時の流れを共有している大切な存在だ。自分だって、彼らの人生に連れ添っているわけだから。子供が生まれたり、進学したり、就職したり。

 

ヤマジロウ: さて、色々と雑談を続けているうちに、どうやらホイールのステッカーチューンが終わったぞ。

 

僕:あ、あのさ、これでキッチンとれたてに行くのかい?  恥ずかしくないの?

 

ヤマジロウ: どうしてだ? 速くもないのにボーラのレーシングホイールを付けたロードバイクに乗っている腹の出た中年たちとあまり変わらないだろ? 彼らだって好きで使っているわけで、別に他者がどうこう言う必要はない。それと同じだよ。

 

僕: いや、同じじゃないと思う。それって、アラフィフの兆候なんじゃないの?

 

ヤマジロウ: あ!!

 

僕: そうだよ、やっと分かったのかい? 恥を知らないと!

 

ヤマジロウ: ボラの向きが、ホイールの回転の方向と逆だった。こんなことに気づかないのは、アラフィフの兆候だな。

 

僕: ボラって、反対向きになるとサメみたいでカッコいいね。

 

ヤマジロウ: ボラがリバーシブルデザインだったことに、今になって気づいたな。それと、以前、江戸川サイクリングロードでたくさんのシニアの男性たちを眺めていて、一つだけ気づいたことがあったよ。

 

僕: へぇ、それって何さ?

 

ヤマジロウ: 河川敷を一人で散歩したり、ママチャリに乗っているシニアの男性たちの表情はよく似ていて、何だか寂しそうだったのだけれど、違う人たちもいたのさ。

 

僕: 違う人たち? 寂しそうにしていないシニアの男性ってことかい?

 

ヤマジロウ: そう。職業人としてリタイアしてフラットな世界にたどり着いても、笑顔があふれていて、元気な人たちだよ。

 

僕: もしかして...

 

ヤマジロウ: お孫さんを連れたおじいちゃんたちさ。無数の選択肢を選んで生きてきて、最終的には孫に命が繋がったというシンプルな答えだよ。

 

僕: 頑固親父だと言われていた人がさ、お孫さんが生まれた途端に好々爺っていうのかな、優しいお爺ちゃんに変身したって話はよく聞くよね。昔も今も。

 

ヤマジロウ: 時代が変わっても、男の人生のKPIは、何も変わっていないのかもしれないな。