炎天下で実施された日の出小学校の運動会における熱中症対策と組体操を見て溜息を吐く

 

長いタイトルだが...まあ、いいか。

 

5月としては珍しく、気温が31℃まで達することが予報された日に、浦安市内の多くの小学校において運動会が開催されることになった。

 

自分はいくつかの一種教員免許状を持っているが、上の子供が入学した時の日の出小学校は、本当に素晴らしかった。

 

特に、校長の三橋先生のリーダーシップは卓越したものがあったし、彼女の下で働く教師たちは活気に満ち溢れていた。その感動はきちんとブログに書き残した。 

 

日の出小学校の入学式に出席して、自分が子供の頃に通いたかったと感動する

 

しかしながら、優れた能力と熱意を有しておられた三橋校長先生が定年でご勇退された後、日の出小学校の状態はあまり良くない印象がある。

 

職員室の中がどうなっているのか、教員同士の連携があるのかどうかも分からない。

 

子供たちは以前と同じく元気に頑張っているし、保護者の皆さんも以前と同じくジェントルだと思う。

 

しかし、一部の保護者の皆さん、もしくは子供たちも気づいているかもしれないが、教師の先生たちの質が落ちた感がある。

 

もちろん、「そんなことはないよ!」と思っている保護者や子供たちもたくさんいると思うが、あくまで自分なりの感想としては、かなり厳しい状況だと感じる。

 

親御さんたちにおかれては、お子さんたちから「小学校...楽しくないんだよな...」とか、「うちの先生、あんまり好きじゃないんだよね...」といった声が聞こえてきたとしたら、かなり素直な気持ちだと思う。

 

保護者が授業参観に行くと、普通なら自分の子供たちがいるクラスに行って、授業の雰囲気や我が子の態度を観察することが多いことだろう。

 

自分の場合には、自分の子供だけではなくて、他のクラスの様子も眺めて、教師の先生方がどのような状態なのかをチェックすることにしている。

 

この小学校では、毎年、担任の教師が変わるので、近い将来、どういった教師が担任になるのかを確認しておきたい。また、学校全体がどのような状況なのかを監視しておく必要もある。

 

例えば料理人もしくは栄養士の父親がおられたとして、小学校の給食を食べる機会があれば、一般の保護者よりもシビアな目線で食事をチェックすることだろう。

 

スポーツインストラクターもしくは体育会系の父親がおられたとして、小学校の体育の授業を参観する機会があれば、一般の保護者よりもシビアな目線でその様子をチェックすることだろう。

 

教員の資格がある父親が授業参観に出席すれば、当然だが一般の保護者よりもシビアな目線で授業をチェックすることになる。

 

研究授業などで同業者がチェックする大切なポイントがある。その教師の力量がすぐに分かるポイント。

 

それは、子供たちの顔。

 

普段から適当な授業をやっていたり、子供たちが不満を抱えていたり、教師と児童との間で信頼関係が得られていない時、子供たちは教師の方をあまり向かないし、レスポンスも薄い。

 

「4月から新しいクラスが始まって、すぐに授業参観が行われたのに、そんなことが分かるわけがない」という反論があるかもしれない。

 

しかし、実力のある優秀な教師というのは、全く出会ったことがない子供たちがいるクラスに入っても、始まって数分で子供たちの心をつかんで、授業が終わった時には、ずっと連れ添ってきたかのように子供たちが寄ってくる。

 

他方、研鑽が足りない教師もすぐに分かる。特に分かりやすいのは、子供たちではなくて、上司や同僚の教師、もしくは保護者の方向をむいて働いている教師。

 

子供たちに対して乱暴な言動もしくは傷つけるような発言をしておきながら、大人に対して良い顔をしようとしていたら、その違和感は授業に顕れる。引きつったような笑いがあるのでよく分かる。

 

それでは、保護者はともかく、同じ職場の教師たちがその態度に気づいていないのかというと、そんなことはない。

 

保護者からガツンと指摘が来てから、「ああ、やっぱり...」という事態になっても、同僚たちは自分の責任にならないのであれば、あまり気にしなかったりする。

 

そして、トラブルが起きてから校長や教頭といった管理職が頭を悩ませたりもする。

 

最近の日の出小学校の先生たちの授業を眺めた時、子供たちの表情が沈んでいるクラスがかなり見受けられたように感じた。

 

それも公立小学校の現状なのだと思う。それぞれの自治体において対応が若干異なると思うが、公立小学校においては、できる限り平準化した教育が求められる。

 

他方、子供たちの様子や環境は、それぞれの学区において相違があるわけで、それらのギャップを埋めるような形で人事が行われたりもする。

 

それは自治体レベルもしくは学校レベルでも行われることで、特定の小学校やクラスが荒れてきた場合には、優秀な教員を配置してカバーすることが多い。

 

一方、同じ学年のクラスを比較してみれば分かるが、経験が浅い教師が落ち着いたクラスに配置されたりもする。

 

同級生をいじめることがなく、真面目に勉強している児童たちに優秀な教師が配置されるとは言えず、スキルや経験の足りない教師を子供たちがむしろサポートするという共助の関係を感じたりもする。

 

しかし、保護者から見れば、小学校の先生というのはきちんと免許を取得していて、同じくらいの能力があり、どのクラスでも同じような教育を受けられて当然だと感じてしまう。

 

同級生にいじめを加えたり、授業の進行を妨げてしまう子供がいると、保護者同士で噂になったりもするし、そういったトラブルをきちんとコントロールできない教師についても噂になる。

 

そうなると、小学校側としてもクラス分けで気を遣うし、優秀な教師をクラスに配置して何とか乗り切ろうという流れになることだろう。

 

教師だって人間なので、免許を持っていたとしても能力の優劣はある。それでも、大切な我が子には、優れた教師をお願いしたい。それが親心だ。

 

浦安市内の公教育に見切りをつけて、私立の中学校を選択する親が多いということにも、そういった背景が関係している気がしてならない。

 

いや、私立中学校を志向する世帯の保護者の多くは、そもそも浦安市内の公教育に期待していないという印象さえ覚える。

 

懸念していたことは、現実の形で浮かび上がった。

 

三橋先生の後任として着任した校長が、着任からわずか2年間で日の出小学校を去り、浦安市教育委員会に異動になった。

 

教育現場のことを知っている人なら、この期間がいかに短いかを察することができる。

 

その校長が保護者に配布していた学校だよりの内容を眺めてみたところ、抽象的で素晴らしいお話がページ一杯に書かれていて途中で読む気力を失ったが、全国的に危険だと問題になっている組体操が大好きで、とても感動しておられることだけは分かった。

 

その後、現在の校長である吉田先生が着任された。妻とも話し合ったのだけれど、彼女は校長として高い能力を有している。

 

性格も素朴で明るく、とても素晴らしい先生だ。

 

しかし、小学校全体として考えた場合、校長が交代してもそれまでの職員室の空気が一気に変わるとも思えず、また教員レベルでもコンバージョンがあったようだが、教育の質が落ちたように感じる。

 

授業参観と同じく、その学校の状態をチェックする良い機会がある。それが運動会。

 

運動会の場合には、それ以上に色々なことが分かる。教師たちの素の態度、子供たちとの信頼関係、管理職の力量。

 

結論から言うと、大人でも熱中症の危険を感じた炎天下において、日の出小学校の教員たちの態度は適切ではなかったように感じた。

 

この状況で優先することは、演技や競技の完成度ではなくて、子供たちの安全だ。

 

炎天下で顔が真っ赤になって、汗が出なくなっている子供たちがたくさんいたのに、この小学校の教師たちは補水等の対応をするどころか、子供たちの様子を見に来ることさえほとんどなかった。

 

授業参観では優秀だと思えた教師が数人いたが、そういった教師たちも自分の役割分担以外のことについては知らないふりだ。それでは小学校全体のチームワークがとれているとは決して言えない。

 

教頭先生が必死に対応しようとして走り回っている姿が痛々しかった。この学校の教師たちは、本当に日の出小学校をより良くしたいという気持ちがあるのだろうか。

 

様々な役割分担があるとは思うが、自分が大切に育てているクラスの子供たちが炎天下で耐えているのに、担任を務めているクラスの子供たちの様子を見に来るというのは、教師としての初歩中の初歩ではないのか。

 

この学校の教師たちは、運動会の競技や演技を進めることに気を遣い、自分たち保護者が命よりも大切にしている子供たちのことを丁寧に扱っているとは思えなかった。

 

学校の外の社会の常識を知らないからだろうか。子供たちの健康に比べたら、運動会の競技や演技なんて二の次だ。それが分からないのか?

 

炎天下での運動会という状況の中での対応というのは、論理的に考えれば大して難しい話ではない。

 

それ以上に深刻なアクシデントも学校においては生じうる。そういった事象に対して、この小学校の教師たちが適切に対応できるのかどうか、不安が残る。

 

浦安市としては教育ビジョンの策定等に注力しており、総論としては賛成だ。浦安という街の歴史や文化を大切にした教育や、浦安としての特色のある教育も賛成だ。

 

しかし、現場がこの状態では絵に描いた餅になりかねない。少なくとも、日の出小学校というレベルでは改善が必要だと思う。

 

今回の運動会で気になった点を各論として以下に述べる。

 


1.保護者への周知が遅い


不審者が出現した時の対応もよく似ているが、この小学校はネットやメールを用いた保護者へのアナウンスが遅すぎる。

 

運動会についてのアナウンスは、小学校のホームページで発信されることはなくて、登録した保護者に向かってメーリングサービスで連絡があるだけだったと理解している。

 

しかも、その内容が拙い。スポーツドリンクを持たせても構わないとか、PTAの保護者競技を省略するとか。

 

他の学校でも同じ内容のアナウンスがあったところを鑑みると、日の出小学校は、浦安市の教育総務部の保健体育安全課から指示があって慌てて保護者に通知したのではないか?

 

他の自治体では、午前中で切り上げる、もしくは途中で中止する等の対応まで行っていたケースもあったが、小学一年生や二年生といった小さな子供たちを、テントも用意しない状態で炎天下で座らせるなんて、非常に危険だ。

 

しかも、熱中症対策についてメールで連絡があったのが、前日の正午を過ぎてからだった。

 

浦安市内には、夫婦共働きの保護者が、どれだけ苦労して生活を送っているのかあまり理解していない小学校教師が多い気がする。

 

父親が仕事、母親が家庭というスタイルは、もはや今の日本では普遍的な家庭の形ではない。日の出小学校の教師たちは、その現状に気づいてシステムを作っているとは思えない。

 

直前の昼過ぎに「ネッククーラーを使って構いません」と小学校からアナウンスがあって、そこからネッククーラーを買いに行く余裕があると思うか? 

 

もちろん、保護者としても子供たちの安全のために準備しておくことは大切だが、夫婦ともに職場で働いていて、いつ、ネッククーラーを買いに行くのか?

 

そもそも、30℃を超える炎天下で、ネッククーラーが十分に機能するとは思えない。小学校として、短縮や休憩以外にどのような処置を講ずるか、あまり考えていなかったのではないだろうか。

 

スポーツドリンクだとかネッククーラーだとか、そういったものを使用して「構いません」という教師の態度はいかがなものか。「構いません」ではなくて、「お願いします」だろ。学校で全て準備できないのだから。

 

クラッシュアイスをクーラーボックスに入れて、ポリ袋に入れて子供たちに渡すとか、そういったアイデアもあるが、それ以前の話として、日差しをどのように遮るか、もしくは学校側としてどのような準備をしているのか。

 

幼稚園や保育園から上がったばかりの小さな子供たちは、いきなりの暑さに対応できない。ネッククーラーどころの話ではなくて、演技や競技の合間に頻繁に休憩を取る必要があったと思う。

 

日の出小学校が運動会において臨時の休憩を用意したのは、午前中のたった1回だった。これでは足りない。

 

6年生の親子競技が始まる前に、集合場所に来なかった保護者がいたそうで、競技開始が大幅に遅れ、多くの子供たちや保護者たちが炎天下で待たされた。

 

ここで休憩を挟めば良かったはずなのに、日の出小学校の教師たちは何もせずにずっと待っているだけだった。

 

この炎天下でプログラムを早めているにも関わらず、集合場所にやってこない世帯を待つ必要はない。保護者が遅れたのであれば、教師が連れ添って親の代わりをやればいいだけの話だ。

 

とはいえ、6年生にとっては最後の運動会なわけで、集合場所にやってこない迷惑な保護者がいたとしても、突然、下痢になったのかもしれないし、仕事の電話が入ったのかもしれない。

 

となると、ここでの日の出小学校の判断としては、すかさず小休憩を入れ、子供たちをクーラーの効いた教室に誘導し、スポーツドリンクと塩飴を用意して冷やす。

 

保護者の中にも体調が良くない人がおられるだろうし、保護者としても大変疲れる運動会だったから。

 

加えて、このタイミングで休憩を取れば、集合場所に遅れてやってきて大迷惑を引き起こした6年〇組の保護者が顰蹙を買うこともない。休憩の間にアナウンスを流して集めておけばよいだけの話だ。

 

この小学校の教師たちは、そういった機転を利かすこともなく、炎天下で子供や保護者をずっと待たせ続けていたわけだ。

 

教師たちは日除けのテントの中に入って涼みながら。子供たちや保護者の多くが強い日差しと暑さに耐えているのに、どのような思考なのだろう。

 

それよりも心配になったのは、運動会とは別のシーン。例えば、大地震が発生して電車が止まって保護者が浦安に帰ってくることができないとか、津波がやってきたとか、危険な不審者が小学校に侵入してきたとか、感染症が広がったといった危機管理において、日の出小学校の教師たちが子供たちを守るためのインテリジェンスや組織力を有しているのだろうか。

 

「運動会と危機管理とは違うよ」という反論がやってきそうだが、運動会においても危機管理が必要な場面はたくさんある。そういった対応能力は小さなところで目に見える。

 

また、間が抜けた対応について目をつぶっていたら、いつか大きなところでミスを起こすリスクがある。

 

小学校の教師たちに対して迎合する保護者を批判するつもりはないけれど、ボーっとしていたら保護者から突っ込みが入るような緊張感が必要だと思う。

 

突っ込みが入らなくても細やかな対応を期待することができる小学校がたくさんあるかもしれないが、現在の日の出小学校は違うように思える。

 

細かなところを指摘するとキリがないが、小学校側としてPTAイベントの省略や休憩の用意以外にどのような対応を考えているのかが分からなかった。対応が後手にまわっている。

 

管理職が考えるだけではなくて、一般の教師たちが集まって積極的に対応を考えていたら、このような状態になっていなかったと思う。

 


2.色が濃いサングラスをかけて、子供たちの体調の変化が分かるのか?


自分が教育実習に行った時、指導教官から教わったことがある。

 

「学校があるから子供たちが通い、教師は子供たちに教えることが仕事だと思うのは、おこがましい。子供たちはそれぞれの家族の大切な宝物だ。我々教師は、大切な命を預かっているという気持ちをもって、命をかけて守る気概が必要だ」と。

 

UVをカットする眼鏡は当時からあったわけだが、ずっと屋外で指導する中学校や高校の体育の教師ならともかく、一般の教師が運動会や体育の授業でサングラスをかける必要はない。それが、自分の指導教官の教えだった。

 

マッチョな根性論ではなくて、とりわけ小学生を指導する教師においては、なるほど理にかなっている。

 

小さな子供たちは体調を崩しやすく、体調を崩すと顔色が変わる。サングラスをかけていると、その変化が分かりにくい。

 

加えて、教師も子供も同じだけ外にいるわけで、子供たちは裸眼で太陽光を浴びている。教師だけがサングラスをかけていると、子供たちの苦痛が分かりにくい。

 

また、子供たちは教師の目を見ることで教師の感情を読み取っていることが多いわけで、教師がサングラスをかけていると、どういった気持ちなのかが子供たちに伝わりにくい。

 

大きな声で指導しても教師が優しい眼差しなら子供たちは安心するし、穏やかに指導しながらも目が笑っていなければ子供たちは神妙になる。

 

子供たちとの大切なインターフェイスである教師の目線が見えなくなるというのは、教師としてあまり良いことではないと。

 

現在の日の出小学校に、そこまでの教師としての矜持を持っている人物がどれくらいいるのか?

 

運動会の準備や教師たちだけで実施する作業ならともかく、さらには根性論とかそういった話でもなくて、運動会という場で、日の出小学校の教師たちがサングラスをかけていることが本当に適切なのかという話だ。

 

それ以上に大切なことがある。

 

今回の日の出小学校の運動会では、多くの教師たちが、目線すら見えない色の濃いサングラスをかけていた。ミラーレンズのサングラスまでかけている教師がいたが、その意図が理解しかねた。

 

日本人の瞳の色の濃さを考えると、透過率として20%を下回るサングラスは必要ないという考えが一般的だと思う。

 

目線も見えないサングラスは、透過率として15%未満だろう。あまりに色が濃いサングラスの場合には、瞳孔が開いてしまって紫外線によるダメージを受けやすいということくらい、一般教養レベルの知識だ。

 

小学校の教師なら知っていることだと思うが。

 

強烈な日差しの中で子供たちのわずかな変化を見逃したくないという目的でサングラスをかけるのならば、紫外線の強度によって色が変わる調光機能、さらには光の散乱を制御する偏光機能が付いたサングラスが良いと思う。

 

そのような色の濃いサングラスを装着していたら、子供たちの顔色を識別できないと思う。

 

日の出小学校の教師たちは、子供たちが熱中症にかかりかけた時にどのように対応するのかという対策自体を、あまり考慮していなかったのではないか?

 

暑くても汗が出なくなり、両頬がわずかに赤みを帯びた時点で、子供たちを休ませる必要がある。顔色が真っ青になったら非常に危険だ。

 

水分や塩分の補給は十分なのか、気分が悪くなっていないか。いつもより元気がなくなっていないか。

 

自分が観察していた限り、日の出小学校の教師たちは、子供たちの様子を観察するどころか、知らないふりをして競技や演技を眺めていた。

 

たくさんの保護者が、ビデオカメラで運動会の映像を撮影している。言い逃れはできない。

 

中堅や若手の教師たちに問う。

 

校長先生が、サングラスをかけていたか?

 

教頭先生が、サングラスをかけていたか?

 

小学校の子供たちが、サングラスをかけていたか?

 

多くの保護者たちが、サングラスをかけていたか?

 

そんなに色の濃いサングラスをかけて、子供たちの様子を察することができるのか?

 

涼しい時期の運動会ならともかく、熱中症の危険がある運動会において、その対策すら気づかずに派手な格好で登場するとは。

 

サングラスが悪だと言っているわけではないが、たくさんの保護者たちが信頼して預けた子供たちが、炎天下の運動場で耐えているのに、様子を確認する時でさえ裸眼で子供たちを見つめない、もしくは様子を見に来ないとは。

 

学校の外の社会を知っていれば、そういった態度が場違いであることが分かると思うのだけれど、それが場違いであることさえ気づいていないというのは嘆かわしい。

 


3.小学一年生が空になった水筒を逆さにしてなめているのに、知らないふりをする中堅教師


自分としては、このシーンが最もショッキングだった。

 

小学一年生は、この前まで幼稚園や保育園に通っていたような子供たちだ。

 

しかし、炎天下でテントもないような状態で、運動場に椅子を置いて耐え続けることになった。

 

特に、日差しが強くなり気温が上がった午後の部が厳しかった。

 

低学年の子供たちが参加する競技や演技はすでに終わって、上級生が登場する時間まで、炎天下でずっと待ち続けることになった。

 

自分が校長や教頭だったなら、この時点で小さな子供たちをクーラーの効いた教室で休ませるというオプションがあったと思う。

 

上級生たちが頑張っている姿を見て下級生が学ぶとか、そういった教師的な発想よりも、子供たちの安全を守ることが教師の務めではないのか? 

 

少なくとも、保護者にきちんとアナウンスして、子供たちの観覧席に保護者が近づいて補水や冷却等の対処を促すべきだった。

 

校長も教頭も教務主任も、暑さの中の運動会で余裕がなくなっている気がした。学校側のアナウンスを待っていたら、子供たちが熱中症にかかると思ったので、保護者が声をかけて子供たちを呼んでいる状況だった。

 

炎天下の中で日よけもなしに座らされた小学一年生たちは、すでに空になった水筒を一生懸命に逆さにして、垂れてくる水滴をなめていることさえあった。

 

本当に辛そうだった。

 

自分は、あまりの憤りを堪えつつ、炎天下で子供たちが耐えているのにテントの下で談笑している教師を見かけて、厳しく注意したい気持ちを抑えた。

 

その教師は、普段、どのような授業をやっているのだろう。聞こえてくる話では、かなりクラスが荒れてしまって大変なことになっていたそうだけれど。

 

それ以上に、小学一年生たちの姿が気になった。汗がすでに乾いてしまって、汗が出なくなって、帽子の下からは、赤くなった頬が見え始めた。完全に水分と塩分が足りなくなってしまっている。

 

しかし、日の出小学校の教師たちは、子供たちを一人ひとり確認するどころか、見回りにすらやってこない。くどいようだが、どういった打ち合わせをして運動会に臨んだのだろう?

 

ふと横や後ろを眺めると、水筒やペットボトルを持って心配そうにしている小学一年生たちのお母さんたち。

 

数か月前は園児だったわけだ。幼稚園や保育園では、先生方がきちんと気を付けてくれたのに、小学校だとここまで厳しいのかと感じることがあったかもしれない。

 

しかし、小学校の教師が厳しいのではなくて、日の出小学校の教師たちの配慮が足りないだけだ。

 

小学校側の対応について、ふつふつと怒りをためているお母さんたちが何人もおられたが、今回を契機に信頼を失い、学校に対して強烈な突っ込みが来るような気がしてならない。

 

小さな子供たちの体調に気を付けるという配慮は、教員免許を取得する学生時代もしくは若手の頃にきちんと学ぶべきことだ。しかし、日の出小学校の教師たちは、演技や競技に必死になってしまい、子供たちの健康状態を見ていない。

 

嘘だと思うのなら、保護者たちがビデオで撮影した動画を集めて分析してみればいい。

 

この小学校の教師たちは、その状況が炎天下だということが分かっているのだろうか。子供たちの健康状態に配慮するなんて、小学校教諭の初歩中の初歩なのに、それができていない。

 

以前から感じていた懸念が現実になっている。教師同士のコンセンサスやカバーリングなんて、教員免許を取得する前にきちんと教わったはずではないのか?

 

しばらく待っていたら、子供たちの列のずっと後ろで椅子を置いて、ドッカリと座っている女性教師を見かけた。

 

自分は、男性だとか女性だとかそういった話をしているわけではなくて、その教師が女性だった。それだけのこと。

 

経験の浅い教師ではなくて、中堅クラスの教師だが、水筒を逆さにしてなめている小さな子供たちが視界に入っていない。

 

上級生のリレーだとか組体操を座って眺めているだけ。小さな子供たちが倒れたり、嘔吐した時点で非常に危険な状態なのに、それすら気づかないことだろう。

 

このような教師が、夏場の子供たちの水泳の指導を行うのだろうか。一歩間違えれば危険が生じるプールでの学習において、このような状態で大丈夫なのだろうか?

 

その他にも、テントの中にこもりっきりで、自分が担任を務めているクラスの子供たちの様子さえ見に来なかった教師が珍しくなかった。

 

涼しい天候なら問題ないと思うが、この状況を理解しているのだろうか。理解していないから教師がテントで涼んでいて、子供たちが炎天下で耐えている。

 

この小学校の教師たちの現状を実感した気がした。

 

普段、いくら保護者に対して笑顔で丁寧に接しても、運動会のような長丁場では素の状態が見えてくる。

 

何度も言及するが、運動会が始まる前に、教員が集まってブリーフィングやミーティングを行うはずだが、この小学校は、どのような打ち合わせをして本番に臨んだのだろう。

 

その時の資料を文書の形で開示してもらいたい。きちんと打ち合わせをやっていれば、その際のスキームが文書として残っているはずだ。

 

優秀な先生もおられるが、組織として統率がとれていない。教頭先生や一部の優秀な先生が頑張っていたが、全体としては対応が足りない。

 

そして、小さな子供たちを気遣っていたのは、世話をしている6年生たち。

 

彼ら彼女らは立派だと思ったが、教師が立派だと思えなかった。

 

上級生の子供たちは、炎天下で旗を振り、一生懸命に応援していたし、下級生の誘導や世話をしていた。

 

日の出小学校の教師たちは、自分たちが楽をしたいからという気持ちで子供たちを使っていないだろうか? 

 


4.教師たちの派手な格好や荒い言葉遣い


これも、今まで問題にならなかったので見過ごしていたことだけれど、言わせてもらう。

 

浦安市の教育委員会に尋ねたいのだが、浦安市内の小学校では、教師が丸刈りでアゴヒゲを生やしたり、人目を引くようなツーブロックの髪型で勤務しても構わないのだろうか。

 

特に、ツーブロックヘアの男性教師には驚いた。

 

頭の側面と後部の髪の毛を刈り上げて、頭頂部の髪の毛だけをパイナップルのように伸ばしている。

 

同じような髪型のお笑い芸人がいたが、本人はそれがクールだと思ってやっているのだろうか。

 

日の出小学校の保護者たちが、どのような職場で働いているのか理解しているのか? ツーブロックヘアの人たちはほとんどいないと思うが。

 

髪型にも個性があってしかるべきだが、社会通念上、小学校教師として相応しいスタイルだとは思えない。

 

誰に向かってアピールしているのだろうか。同僚の女性教師たちだろうか。子供たちだろうか。まさか、保護者ではないだろうな。

 

校長や教頭、教務主任は、部下の教員がこのような格好をしているのに、どうして注意しないのだろうか?

 

坊主頭にアゴヒゲをたくわえた男性教師についても、教師でなければ洒落ているとは思うが、小学校の先生としては不適切な容貌だ。男は外見ではなくて中身で勝負したい。

 

繰り返しになるが、運動会であっても学習の一環だ。その学習に携わる教員においては、ある程度の髪型や服装のコンセンサスがあってしかるべきだ。

 

短パンだとか、派手な帽子だとか。1000人近い保護者が集まる運動会において、日の出小学校の教師たちは、どのような考えでこのような格好で仕事をしていたのだろうか。全く理解することができない。

 

自分が学生時代に指導を受けた時の服装としては、体育の授業中に合わせた形で、上は白や紺を基調とした襟付きのポロシャツ。

 

下はジャージ。必要に応じて地味なキャップ。日焼けが気になる場合には長袖。

 

現在の教育長の鈴木忠吉先生が若手の教員だった頃の写真をネットで拝見したが、まさにその服装だった。

 

また、今回の運動会で校長の吉田先生の服装が、まさにその格好だった。

 

このスタイルは、運動会といった行事において理にかなった服装だと思うし、指導教官の意見では、あえて地味な格好をしているんだと。それが仕事の格好というものだと。

 

子供たちにトラブルが起きた時、もしくは何か指示を受けたい時、子供たちはたくさんいる大人の中から先生を探して助けを呼ぼうとする。

 

保護者と教師たちが全く同じ格好だったら、先生がどこにいるのか分からなくなる。

 

そういえば、日の出保育園の運動会では、学年ごとに先生方が同じデザインのTシャツを着て子供たちを指導してくださっていた。とても素晴らしいアイデアと連携だと思った。

 

ところが、日の出小学校では、それぞれの教師たちが好き勝手な格好で登場する。集よりも個を優先しているのか、そもそも、そこまでの思慮がないのか。

 

自分から見て、適切な格好をしているのは管理職くらいだったと思う。その他の多くの教師たちの服装はカオティックで、レッグカバーを付けたり、短パンだったり、西部劇のような帽子をかぶったり。

 

どのような取り決めがあるのだろう。まさか、「服装は自由」なんてことはないだろうな?

 

保護者から見て、日の出小学校の教師がどこにいるのかさえも分からない。

 

一方、子供たちはどうだ?

 

体操服で帽子をかぶっているだけだ。日よけもラッシュガードもない状態で、ずっと炎天下の中で立たされたり、座らされて。

 

子供たちにルールを守れと指導しておきながら、日の出小学校の教師たちは、保護者が顔をしかめるくらいに自由な格好をして仕事をするわけか?

 

浦安市教育委員会の教育長にお伝えしたい。このような教師の態度は、本当に適切なのだろうか?

 

自分が教育実習生だった頃、「教師は、子供たちの模範となるべき存在だ。見た目ではなくて、中身で生き様を伝えるべきだ」と学んだが、教師が見た目でアピールすることは、本当に適切なのか?

 

教師たちが、運動会の最中にどのような態度なのか観察することにした。

 

派手な格好をした男性教師たちの言葉遣いに唖然とした。

 

子供たちに向かって感情的になって乱暴な言葉で怒鳴っていたり、教師としてあまり適切ではない物言いがあった。

 

運動会の場では、保護者たちが高性能なビデオカメラを携行し、録画しているかもしれないことに気づかないのだろうか。

 

若い教師だからといって、子供たちの兄貴分のような感じでフランクな態度を示すのは正しくない。時間は止まらずに流れ続け、若手が若手であり続けられる期間はとても限られている。

 

中堅クラスの教師になった時には、単に言葉遣いの荒い教師になるだけだ。子供たちから信頼され尊敬される教師になるためにはどうしたらいいのかを考える必要がある。

 

とはいえ、団塊ジュニア世代が小学校に通っていた当時は、彼らのような教師が普通だったので、その環境で育った保護者には見慣れた光景かもしれない。

 

まあ、公立小学校の先生というのはこういった感じだよねと。

 

しかし、子供たちの扱いがより重視されている現在の学校教育においては適切とは言えない。

 

校長や教頭、教務主任、先輩の教師たちは、彼らの格好や言動に対して指導していないのだろうか。

 

日の出小学校の管理職の管理能力については諦めて、日の出小学校の保護者が教育委員会に直接的に善処を要求するしかないのだろうか。

 

彼らは、普段からこのような話し方で子供たちと接しているのだろう。子供たちとの信頼関係を結ぶのであれば、感情的な言動は慎むべきだ。

 

子供たちから聞いた話では、現在の日の出小学校において、子供たちに対して乱暴な言葉遣いで接する教師は、彼らだけではなくて、中堅や若手の女性教師の中にも、子供たちが傷つくような物言いをする教師がいるそうだ。

 

女性教師が子供たちに向かって「お前」と言ったりもするそうだ。これは厳しい。

 

子供たちは、親身になって叱ってくれる人と、感情的になって叱る人を敏感に察する。

 

教師だって人間なので、時に腹が立つことがあって当然だと思うが、その感情を子供たちにぶつけると、子供たちがさらに言うことを聞いてくれなくなってクラスが荒れたりする。

 

きちんとした大学の場合には、学生たちが教員養成プログラムを受講する際に何度も耳にすることだと思う。

 

そもそも、日の出小学校は、道徳教育のモデル校に選定されていたと記憶している。浦安市内の小中学校において先駆けて道徳教育を展開するわけだ。

 

しかしながら、道徳教育に力を入れている小学校の割には、教師たちの道徳があまり優れているとは感じられない。

 

教師の道徳教育に力を入れるモデル校という意味ではないと理解している。

 

日の出小学校においては、一度、全ての子供たちを対象として、教師の態度についてのアンケートを実施し、その結果を印刷して全ての保護者に配布してはどうだろうか。

 

データを編集したグラフではなくて、子供たちの直筆のアンケートを配布したら、かなりの保護者が職員室にやってくると思う。

 

日の出小学校の保護者の皆さんにおかれては、担任の指導が適切でないと思ったら、遠慮なく浦安市教育委員会に相談した方がいいと思う。

 

小学校の入学式で配布された冊子には、自分が教育者として非常に敬服している鈴木教育長のお言葉が綴られていた。困ったことがあれば、遠慮なく頼ってください、その方が早期の解決ができますという旨のお言葉だった。

 

現在の浦安市の教育委員会は保護者の味方だし、実務をこなしている指導課や保健体育安全課の職員の皆さんは、手腕が認められて小中学校から異動になった優秀な教師の先生方だ。とても優しく丁寧に対応してくださる。

 

教育委員会というフレーズにはお堅いイメージがあるが、市役所の中のセクションという感じで、本当に頼りになる。他の自治体にも誇ることができるくらいに素晴らしい部署だと思う。

 


5.集団演技という名前でカモフラージュされた組体操


運動会のクライマックス。

 

子供たちは、大人がそう言うから従っているかもしれないが、大人にも色々なタイプがある。

 

吉田校長の前任の校長が、組体操に前のめりだった感があって、その勢いをそのまま引き継いでいるのかもしれないが、これは集団演技ではなくて、組体操に該当する。

 

日の出小学校として組体操をやりたいのなら、プログラムにきちんと「組体操」と書けばいいじゃないか。

 

どうして隠そうとするのだろう。やっていることは、明らかに組体操ではないか?

 

組体操が全国的に問題になったから、「これは組体操ではありません」という体で、組体操をやりたいのだろうか。

 

実際に、日の出小学校は、全国的に問題になっているピラミッドやタワーといった技を入れた組体操をやっている。

 

日本の子供たちの人権において組体操は問題ではないかと、国連からも指摘が入っているのに、日の出小学校は組体操を実施している。保護者の同意はあるのだろうか?

 

三橋校長先生の頃は、ここまで組体操が派手ではなかった。

 

三橋先生の後任として着任し、わずか2年で異動することになった校長が、全国的に問題になっている組体操に前のめりだったと感じた。

 

小学校のトップがここまで組体操に熱心だと、部下の教師たちは反対できないのだろう。その後、吉田先生が校長として着任されたが、4月に来て5月に変えるのは無理だったことだろう。

 

小学校の校長の人事というのはとても大切だなと感じた。

 

それ以上に驚いたことがある。

 

特に、身軽な子供が、たくさんの子供たちから持ち上げられて、後頭部から地面に向かって倒れて、たくさんの子供たちが支えるという体操があった。

 

「人間起こし」とか「トラストフォール」と呼ばれているらしい。

 

補助を失敗したら、子供たちが後頭部から地面に落下する危険なことをやっている。

 

ピラミッドやタワーが問題になったのなら組体操そのものを中止すればよいだけの話なのに、教師たちは別の技を用意してくるという話だろうか。

 

その努力や熱意を、いじめ対応や学力の向上に充ててほしいものだ。結局のところ、子供たちが怪我をしても担当教員や管理職に大きな責任が及ばないという実態が関係するのだと思う。

 

トラストフォールという単語は、「信じて落ちる」という意味だろうか? そのような名前を誰が考え付いたのか知らないが、それで子供たちの何が育つのだろうか?

 

同級生たちを信じる心か? それをどうやって計測するのだろう。きちんとKPIを示してほしいものだ。

 

そういった危険な技を子供にやらせる日の出小学校をトラストすることはできないし、そんなに組体操を強行したいのなら、教師だけで組体操をやればよいではないか。

 

若い教師たちが中心となってトラストフォールをやっている子供たちの後ろで補助をしていたが、それが正しいと思って子供と一緒に盛り上がっているのだろうか。

 

若い頃からこのような状態で育った教師たちが中堅やベテランになった時、再び若い教師たちに同じことをやらせるのだろう。

 

日の出小学校は、学習指導要領に書かれていることを十分にこなしているのか?

 

この小学校に限らず、学習指導要領に書かれていないことに注力し、学校の中の考えで動くから、公立小中学校の教師たちが突っ込みを受けるのだと思う。

 

その考え方のギャップが如実に投影されているのが、この組体操という不思議な演目なのだろう。組体操を全国に広めた人たちにどのような背景があるのか、必ずしも表に出てこないことがある。

 

それらについてここで述べるつもりはないが、組体操に熱心な教師や保護者を見かけたら、ああ、そういうことかと思ってしまう。

 

彼ら、彼女らは、危険であるにも関わらず子供たちに組体操をやらせることに意義があると信じ込んでしまっている。

 

組体操が子供たちの成長を促すというのは科学的な根拠がないし、結局は、一部の教師や保護者、もしくはシニア世代が組体操を見て感動したり満足したいだけの話ではないか。

 

そういった大人の精神的欲求を自分は全く理解できないし、大切に育てている我が子を巻き込んでほしくない。

 

また、組体操を信じ込んでしまっている教師や保護者と議論をしても納得させることは困難だと思う。いくらロジックやリスクを説明したところで、それらを納得してくれるとは思えない。

 

組体操を信じている理由を知れば分かることだが、信じている人に対して信じるなと言ったところで、分かってもらえるかどうかも分からない。

 

大人になって生活していく上では、タイプが異なる人と距離をおけば済む話だが、公立小学校の場合には、そこで生活している子供たちが集まり、保護者たちが集まってしまう。

 

教師に至っては、千葉県内のどの自治体から異動してくるかも予想がつかない。距離を置こうとしても、運動会で全員参加が要求される演目だと、そういった人たちを相手にしたくなくても、強引に巻き込まれてしまう。

 

組体操を広めたい人たちにとっては、まさにそこがポイントなのだろう。組体操は大切だ、組体操は団結力を育み、困難に立ち向かう精神力を伸ばす、さあ、組体操をやりましょう、組体操を信じましょうと。

 

そこまで大切なら、学習指導要領に明記されているはずだが。

 

ピラミッドやタワーは論外だと思うが、人間起こしで子供たちを後頭部から倒れさせるなんて、どう考えても危険だ。うちの子供たちには絶対にやらせたくない。

 

昨年の日の出小学校の運動会では、このような危険な技があったのか記憶にない。今年から追加されたのであれば、この危険な技を日の出小学校の運動会に持ち込んだ教師がいるはずだ。

 

誰だろう? 高学年の担任の教師たちの中に、組体操の意義を信じてしまっている熱心な人がいるのだろうか?

 

もしかして、どこかの保護者がこの技をやろうと提案してきたのだろうか。

 

浦安市の新町エリアには組体操に熱心な人が少ないと思っていたが、やはり色々な人がお住まいなのだろう。

 

日の出小学校の教師たちは、どのような考え方でこのような組体操を発案して実践しているのだろうか。

 

日の出小学校の教師たちは、子供たちを危険に晒すために教師になったのだろうか?

 

これは正しいことではないと言う勇気すらなくて、上司や同僚がやると言い出したから黙認して、補助を手伝っているのだろうか。

 

そして、教師だけでなく保護者も含めて、子供たちを危険に晒し、そのスリルを共感して盛り上がりたいという発想なのだろうか。自分から見ると、尋常ではないと思う。

 

日の出小学校の教師たちは、学習指導要領に書かれたことをやればいい。子供たちが組体操でピラミッドやタワー、後頭部からのダイブをやるなんて、学習指導要領のどこにも書かれていない。

 

日の出小学校の教師たちは、どうしてそこまで組体操にこだわるのか? 社会的に問題になっていることが、未だに分からないのか?

 

自分のような保護者は、日の出小学校の教師たちに対して、「子供たちにトップレベルの学力を身に付けさせてくれ」とか、「英語学習に重点を置いてくれ」とか、「イジメをゼロにしてくれ」とか、そういった無理な要求はしていない。

 

それよりも、子供たちが安全な環境の中で成長することができて、教師たちや同級生たちからの乱暴な物言いで傷つかなければ、自分なりにはそれで十分だと思う。

 

どうして組体操なんて危険なことをやるのだろう。集団演技なんて名前でカモフラージュしてまで。

 

同じ千葉県で子育て支援に力を入れている流山市では組体操が中止になったのに、浦安市は相変わらずだ。

 

一度、子供たちではなくて、校長と教頭と教務主任を持ち上げて後ろ向きに倒れさせたり、ピラミッドの頂点にしてみてはどうだろうか。冗談ではなくて、本当に。

 

「何を言ってるんだ!」と言われそうだが、教師たちが当然だと思って行っている組体操は、それが危険だと思っている保護者から見れば、校長や教頭をピラミッドの頂点に据えるよりもずっと異様な光景だと感じている。

 

小学校の教員たちが後ろに構えて支えなくてはならないくらいの組体操は、最初から実施すべきではない。

 

浦安市立日の出小学校において、運動会での組体操を推し進めているのは、一体、誰なんだ?

 

誰が組体操を担当しているのか、文書で明らかにしてほしいところだ。

 

繰り返しになるが、全国的に組体操を自粛したり、ピラミッドやタワーを取りやめている小学校が増えているのに、日の出小学校の方針はどうなっているのか。

 

支えている子供たちや教師がミスをして、大切な子供が頭部から地面に叩きつけられたら、無事では済まされない。

 

しかし、子供たちが怪我をしても、日の出小学校の教師たちは責任を取らないことだろう。校長や担当教員が謝罪して終わりなんて、それは違う。

 

組体操の実施に賛成して推し進める保護者がいて、その子供がぜひ参加したいというのであれば、そういった世帯の子供たちが組体操をやればいいと思う。それは自由だ。

 

例えば、リレーに関しては選抜された子供たちだけが出場する。足が遅ければいくら希望してもリレーに出場する機会すらない。

 

一方、組体操の場合には、本人が望む望まざるに関わらず、無理やり参加させられる。

 

浦安市内の公立小学校というのは、もっとインテリジェンスのあるスタイルだと思っていたが、日の出小学校を見る限り、クラシックなスタイルだと実感する。

 


6.まとめ


取り留めもない苦悩を書きとめただけだが...結論。 

 

最近の日の出小学校の先生方は、個々の力量に加えて、自分たちが小学校をより良くして行こうという気持ちが薄れている気がする。

 

色々と都合はあるのだろうけれど、子供たちの安全が何よりも優先される。

 

また、今回は運動会について感じたことだけれど、普段の学校生活においても色々な話が耳に入る。

 

若手や中堅に限らず、子供たちに向かって怒鳴ったり、人として乱暴な物言いをする教師も見受けられるようだ。

 

保護者の前で上手く取り繕っても、子供たちが情報を家庭に持ってくるわけで、隠しても仕方がない。

 

無理をして残業して頑張れと言っているわけではなくて、小学校において気を付けるべきことはたくさんある。学生時代にも学んだはずだ。

 

そういった大切な基本の積み重ねが、子供たちの安全や笑顔、成長につながると自分は思っている。

 

翻って、基本を大切にしない教師は、子供たちから信頼されない。

 

また、クラスや学年を問わず、学校全体のことを考えない教師が集まってしまうと、学校自体が傾いてしまう。

 

子供たちや保護者が満足していれば、多少のトラブルは大目に見ると思うが、不満が溜まっている状態では指摘が降ってくる。

 

職員室の中がこのような状況では、いつか子供たちが危険に巻き込まれるのではないかと心配になる。

 

新しい校長が着任したのだから、一度、個人として、またチームとしてどのように対応していくのか、きちんと考えて、実践してほしいと願う。