生きるってことは、変わるってことさ

 

以前から試してみたかったけれど、このブログの中で試していなかった文章の書き方がある。

 

それは、エントリーの中でいくつかのテーマをオムニバスにして組み合わせるという形。

 

普段はエントリーの内容をまとめたような長いタイトルを付けて、そこから一つのテーマで延々と長文を続けるわけだけれど、書き終わった後の充実感はあまりなくて、頭の中に蓄積したことをテキストに残しているだけのような感じがする。

 

かなり前、海外旅行に頻繁に出かける独身女性に対して、適齢期の独身男性たちが少し引いてしまうことがあるのはどうしてなのかということを不思議に思って検索したら、メディアでもアフィリエイトでもない、とても洗練されて美しいブログにたどり着いた。

 

fightpoverty’s diary

http://fightpoverty.hatenablog.com/

 

同じ共働きで子育て中の父親のブログなのだろう。自分から見て越えられない壁というのは、彼のような人のことだ。

 

語彙の使い方やロジックの流れだけを拝見しても、鋭い知性と深い教養にあふれている。しかし、ユーモアやウィットも散りばめられていて、無料で読んでしまってよいのだろうかと恐縮してしまう。

 

彼のブログは、仕事で日本と海外を行き来しながら子育てを続け、さらにMBAを取得するという非常にタフな毎日を送りながらも、生きることの疲労や悲しみを感じさせない。

 

ライターや作家が本気でブログを書いても、彼ほどの文章まで到達できる人はどれくらいいるのだろうかというレベルだ。

 

写真などは一切なくて、テキストのみでここまでの世界観を広げられるとは驚いた。

 

この感覚...どこかで感じたことがある。いつだったろう?

 

自分がまだ若かりし日のこと。少し無理をして高級なバーに行って、ガチガチに緊張しながらジントニックを注文してちびちびと飲んでいた。ジントニックかブルーハワイしか知らなかったので、次のオーダーに悩むくらいの状態だった。

 

そこに、バーの扉を開けて一人の紳士がやってきた。

 

礼儀正しくカウンターの端に座り、お気に入りの酒を数杯飲みながら、軽くマスターと談笑して。その会話がとても高尚で、去り際も格好良くて、なんと表現していいのだろうか。そう、男としての懐の深さというか、そういった雰囲気。

 

あの紳士の姿をブロガーという形で表現すると、彼のようになるのだろう。

 

張り合う気持ちすら湧かずにウットリと生き様を眺めてしまう。彼は、男として格段に高い山の上にいるように感じる。

 

ネットメディアやアフィリエイトブログ、SNSなど、様々な形で膨大な数の人々の感情が吐き出され、すでに検索エンジンで調べたとしてもたどり着きたい情報にたどり着くことが難しくなっている気がする。

 

ネットの発達によって便利になったけれど、それによって人の心がより豊かになったのかというと、そうでもなくて、以前よりも深い孤独がやってきたような気がする。

 

ご自身が気付いていなくても、頭の中に他者を呼び込んでリラックスできるような文章を残してくださる彼のようなブロガーは貴重な存在だと思う。

 

そういえば、ヒノデダッズムのサイトのアクセスを解析してみると、たくさんの画像や文章を並べたエントリーよりも、感じたことや考えたことを書きとめただけのテキストベースのエントリーの方が固いアクセスを集めていたりする。

 

たくさんの画像がネット上に流れ、たくさんの浅くて短いフレーズのテキストがネット上に流れ、全てではないだろうけれど、疲れてきたのかもしれない。

 

先ほどのブログで、さらに学ぶことがあった。

 

それが、一つのエントリーの中にいくつかのエピソードやテーマを合わせて、オムニバスにしているような形。

 

彼のように気品のある文章を書き綴ることはできないけれど、簡単なタイトルをつけたエントリーの中で、自らの近況を書きとめるような感じで日記を残してみよう。

 

たぶん自分のことだから長いだろうけれど。

 


① 蘇る力と折れた翼


・・・・何だか不思議な感覚だ。

 

自分は、こういった感じの短いタイトルを付けたポエム...いや、エッセイ...いや、どのようなカテゴリーなのか分からないけれど...そう、日記のような文章を書きたかった。

 

ロードバイクサークルのブログではたまに書いていたけれど、ヒノデダッズムの場合には知り合いの人たちや小学校の先生たち、さらにはアンチなママさんたち...とお呼びするにはマッシブなお母さんたちまで見ているわけで、なんだか気恥しくも感じる。

 

いつもの癖で、気がつくと長文になっているので短めに、そう、短めに。

 

子育てにあまり関係がないロードバイクの話だけれど、自分にとって、とても面白いことがあった。

 

自分は、エントリーグレードのクロモリロードバイクを愛用していて、トレーニングでも、ポタリングでも、ライドの度に機嫌よく乗って出かけている。

 

軽いわけでもなく、ビルダーの作品でもなく、カラーリングはオーダーしたけれど、廉価版のフレームだ。

 

そのフレームに、他のメーカーのクロモリ製のフロントフォークを取り付けて、エントリーグレードのフレームには不似合いなシマノのそれなりのコンポーネントを組み合わせ、興味の赴くままに取り付けてタフな自転車通勤に耐えた傷だらけのアクセサリーを残し、走る内容に応じて3セットくらいのホイールを選択して乗っている。

 

サイクリングロードで休憩していると、「なんだこれ?」と、興味深げに見てくるロードバイク乗りたちからの視線が痛くもあり、心地良くもある。

 

嘘のような本当の話だが、走りながら自分の愛車を二度見して、落車しかけた見知らぬオッサンローディまでいたりする。

 

自転車通勤にも使っていたので、乗り始めて1万kmくらい走っただろうか。

 

とある日のグループライドで、サークルのサブリーダーの「校長先生」から「最近、カーボンに乗ってないですよね?」と、至極真っ当なご指摘を頂いた。

 

そう、自分は、クリテリウムレースやトライアスロンを想定して設計されたチネリというブランドのフルカーボンのロードバイクも所有していたりする。

 

春になってから、自分はロードバイク通勤をやめて、休日に100kmを超えるライドに出かけるようになった。その時にもクロモリロードバイクに乗っていくので、カーボンロードバイクにはほとんど乗っていない。

 

そうか、しばらくぶりにカーボンロードバイクに乗ってライドに行こうと思った。

 

その日のライドの相棒は、サークルのもう一人のサブリーダーの若いお兄さん。彼は、運動部出身で筋肉質でマッチョな体躯だ。この前まで20代、いや、まだ20代なのだろうか、近づいても自分のような加齢臭が全く感じられない。

 

彼はいつもトレインを引っ張ってくれるので、自分の心の中では「トーマス」というニックネームで呼ばれているのだけれど、もちろん彼はそのことを知らない。

 

しかし、この日は神妙な感じで走り始めた。その前の回のライドで、トーマス君と自分は浦安から関宿城まで120km程を走って帰ってきたが、不思議なエピソードがあった。

 

70kmを超えたあたりからだろうか、江戸川河川敷沿いの強烈な向かい風の中を走っていたら、突然、トーマス君の脚が動かなくなってきた。

 

あれだけ太い筋肉質の脚が尽きるとも思えないが、ひどく調子が悪そうだ。そして、100kmを超えた頃には20km/hも出せないくらいになってしまった。

 

最初、トーマス君がハンガーノックを起こしたのだろうかと思ったけれど、折り返しのポイントでヨウカンを食べていたし、どうしたのだろうと。

 

トーマス君を自宅まで送ろうかと思ったけれど、ゆっくり走れば大丈夫だという返事で帰って行った。その表情は、まさに落ち込んだ「きかんしゃトーマス」のようだった。

 

その次のライドの前に、トーマス君から「補給食が足りなくてハンガーノックを起こしていたようです」という興味深いメールが届いた。

 

そういえば、彼は長い距離を走っているうちに勢いがなくなるという傾向があって、心肺や筋肉の質だと思っていたのだが、もしかしてお腹が空いて力が出ないということだったのか。

 

ということで、今回のライドでは、トーマス君はいつもより多めに補給食を用意して、ある程度の間隔で口に入れて走ることにした。

 

すると、驚くべきことが起こった。普通、ホビーライダーが100km程度を走っていたら、大なり小なり、終盤は疲れてくる。しかも、今回は荒川峠とも呼ばれる強烈な向かい風の中だ。

 

自分の前で走っているトーマス君は、ライドの間中、機関車の石炭燃料のように補給食をとっていたのだが、全く疲れているように思えない。

 

それどころか、向かい風の中なのに走りながら筋力が回復しているように気持ち良く風を切っていく。

 

「おお、ペダルを回せるぞ!」という自らの発見に喜んでいるかのようだった。

 

最近、リメイクされてリリースされた「ワンダと巨像」というゲームがあって、主人公が巨像を仕留める時に流れる「蘇る力~巨像との戦い~」という曲がある。まさにあの感じ...といわれてもワンダと巨像を知らない人には全く通じない。

 

一方、いつも乗っているクロモリロードバイクではなくて、カーボンロードバイクに乗ってきた自分はどうだったのかというと、剛性があって軽いフレームというのは凄まじい。

 

いつもの調子で乗ると、確実に3~4km/hくらいは速くなる。自転車を知らない人たちにすれば大したことがないように思えるかもしれないが、この差は大きい。

 

しかし、50kmくらいの距離を走って彩湖にたどり着いた時、自分は電車に乗って輪行して帰ろうかなと少しだけ思った。

 

両足がひどく重い。なんだろう、この疲労感。クロモリロードバイクに乗っている時は、ハンドルを引いたり押したりして上半身の筋力も連動させて乗っている。しかし、カーボンロードバイクに乗り換えてポジションが変わり、今ひとつ乗り方を思い出せない。

 

カーボンロードバイクに罪はなくて、しばらく乗れば慣れるはずだが、1年以上も乗ってきたクロモリロードバイクと比べて乗り方が違う。結局、足だけで漕いでしまったのだろう。

 

ペダルの踏み心地も違う。クロモリロードバイクの場合には、踏み込んでから少し遅れてバネのように出力する感じがするのだけれど、カーボンロードバイクの場合にはガツンと前に出るような。

 

それと、クロモリロードバイクには46-36Tというシクロクロスで使用されるようなフロントギアを使用している。ホビーライダーの巡航速度を考えてみると、速くても30~35km/hというレンジなわけで、騙されたと思って使ってみれば分かるがとても走りやすい。

 

一方、カーボンロードバイクには見栄を張って53-39Tというノーマルのチェーンリングを取り付けていて、変速の度に違和感がある。いつも使っている強度のギアがどこにあっただろうかと探しているうちに、ついつい負荷をかけて踏み込んでしまう。

 

前回、クロモリロードバイクに乗ってトーマス君と一緒に走った120kmのライドでは、自分にはまだまだ余裕があった。しかし、今回、カーボンロードバイクに乗って90kmくらい走った時点で、足どころか全身に疲労がやってきた。

 

特に、左のふくらはぎの様子が変だ。なんだか攣ったようだ。

 

そして、サイクリングロードから一般道に入って浦安に戻ってきた時、いつもと同じように踏み込んだら、ガクンッという感じでふくらはぎに衝撃と脱力感がやってきて、その後、激しい痛みがやってきた。

 

たぶん肉離れなのだろう。というか、マジで肉離れだ。

 

とはいえ、蘇る力が流れているトーマス君の勢いを削ぐのもアレだと思い、何もなかったように我慢しながら彼を見送り、背中が遠く見えたところでしばらく唸り声を堪えた後、片足ペダリングで自宅に帰った。

 

翌日からの電車通勤は非常に厳しかったが、骨折や打撲のような痛みではなくて、「ああ...俺は...生きている...しかし、足をやられた...お前たちは先に行け...ここは俺が食い止める。コイツらを片付けたら、必ず追いつく...うぉおおお!」という、悲劇的なフラグが立った中二病的な手負い感がなんだか面白かった。

 

あと少しでアラフィフだ。この程度で済んだことを幸せに感じつつ、そろそろ無理が利かない歳になってきたことを認めよう。

 


② 辛いことを知ってる人間のほうが、それだけ人に優しくできる。それは弱さとは違うからな。


案の定、文章が長くなってきたので短めに。

 

最近、自分が書くブログに深く共感してくださっているお父さんがおられて、お気持ちは嬉しいのだが、少し心配していた。

 

自分と同じように共働きで育児を続けていて、ロードバイクが趣味で、とても消耗しているように感じた。

 

子育てが始まって厳しい毎日を送っている父親は珍しくない。自分だってそうだ。しかし、彼の場合にはもっと別の何かがあって、さらに疲れているように思えた。

 

そして、先日、彼は職場で倒れて入院したそうだ。今は退院して静養に入っている。

 

しばらくの間は趣味のロードバイクの実走は控えることになったが、大丈夫、思いっきり走る日が来るさ。

 

しかし、自分にとって不思議なことがあった。

 

はてなブログに並んだ彼のエントリーを眺めても、彼がどうしてここまで追い詰まっているように感じるのだろうかと。

 

夫婦共働きでの育児は厳しい。子供が複数になれば子育てが大変だが、一人だからと言って楽だとは言えない。

 

しかしながら、ある程度は力をいなして適当にこなすような場面でも、かなり追い詰まっている感じがした。

 

どうやって表現すれば良いのだろうか。慎重に言葉を選ぶ必要があると思うのだが。

 

しばらくすると、彼は、自分と同じようにサイトを立ち上げた。プレオープンという形でブログのエントリーを増やしているようで、サイトの完成度が凄まじく高い。

 

この静養の間、彼は自分と向き合うことにしたようだ。彼の辛い経験は、これから子育てに入る男性たちにとって大切な軌跡になることだろう。

 

毎日のように更新されていくエントリーには、彼の辛い気持ちがたくさん並んでいた。彼にとってのロードバイクという趣味が、どれだけ大切な心の拠り所になっていたのかを実感した。

 

また、これまで丁寧に生きてきたのに、どうしてこんな目に遭わなくてはいけないのかという憤りが綴られていた。自分は1ミリも悪くないのにと。

 

自分にとって衝撃を受けたのは、いくつかのエントリーに書きとめられた文章だった。

 

自分だけでなく、共働きで育児をしている多くの父親でも、彼と同じ生活を続けていたら倒れてしまうことだろう。それくらいに仕事と育児で非常にタフな毎日が続いていた。

 

彼自身が疲れてしまった理由の根本を探しているエントリーがあった。自分は何度も何度も読み返して、辛かったことだろう、いや、今も辛いことだろうと涙を流した。

 

おそらく、彼を生き辛くしている要因は、彼自身の中にある。その要因は彼が招いたことではない。しかし、不条理なまでに彼を意識的に、さらには無意識的に苦しめ続ける。

 

そのことに彼は気づいているが、それは他者に責任を移してしまうことではないかと躊躇しているように感じる。

 

彼が育児で苦しんでいるのは、彼が怠けていたわけでも過ちをおかしたわけでもない。丁寧に、直向きに、真面目に生きてきた。

 

彼は、子供の頃、父親からかなり激しい暴力を受けて育ったと書きとめている。父親からの愛情があったのかどうかも分からなかったと。

 

幼少期に刻み込まれた心の傷が、その後、大人になってからも思考や感覚に影響するということはよく知られている。

 

自分は専門家でもないので専門用語の使用は避けようと思うが、臨床心理士に相談すればすぐに分かることだろう。

 

そして、再び、彼が書き綴ったはてなブログのエントリーを眺めてみた。彼がどうして熱心に自分のマニアックなブログにアクセスしてくださるのかも理解できた。

 

おそらく、中学二年生の男子的な表現で言えば、自分と同じ「こちら側の世界」の人間だからではないだろうか。自分には支えてあげられるだけの力はないと思うけれど、共感して涙を流すことくらいならできる。

 

順風満帆で毎日ハッピーという人もいたりするが、先天的もしくは後天的な要素によって、生き辛さを抱えている人たちはこの世の中にたくさんいる。また、その理由もたくさんある。

 

自分の場合には、父親からの暴力と母親からの怒声によって、心に深い傷が残った。

 

育ててもらった恩はあるけれど、あの育て方は違うと思った。

 

故郷に唾を吐くような気持ちで上京し、絶対に故郷に帰り住むものかと今でも思っている。

 

子供の頃というのは脳が発達する時期なので、その時点で強い衝撃を与えると、大人になっても修復されないようだ。

 

妻が子供たちを強く叱っていると、その時の光景が思い出されて苦しくなる。「そろそろ、その辺で止めたらどうだ?」と妻を制止するが、「だったら、あんたが何とかしなさいよ!」という反論がやってきて、夫婦喧嘩がスタートすることが多い。

 

個性あふれる子供たちが妻に苦労をかけて申し訳ないと思うけれど、夫婦喧嘩のたびに夫婦の絆が切れていく感じがする。

 

アニメの話を持ち出すと彼に叱られるかもしれないが、彼のブログを見つめてみると、エヴァンゲリオンの初号機パイロットの「碇シンジ」のような心理世界があるような気がする。

 

お気に入りのロードバイク用品がボロボロになっても大切に使い続けたり、周りに分かってもらえない自らの気持ちに葛藤を覚えて苦しんだり。

 

これまで生きてきた中で、友人や知人はたくさんおられることだろう。彼が懸命に生きてきた証だと思う。しかし、そういった人たちがいても心の中には孤独が広がり、自らの心の周りにフィールドを展開しているような。

 

彼は、幼少の頃の厳しい家庭状況の中で家族から攻撃を受けないように、その場を荒立たせないように、できるだけ丁寧に、できるだけミスをしないように、そうやって気を遣って生きてきたのではないだろうか。

 

同時に、そのような生き方が、彼の心に鎖をかけてしまっているのかもしれない。大人になって自らを縛りつけている鎖がなくなったはずなのに、脳に刻まれた記憶が彼を苦しめているのではないだろうか。

 

ネットで検索してみたら、同じような境遇のお父さんやお母さんのブログがたくさん見つかった。ひどく育児や子育てで疲れておられるようだ。

 

すると、彼にとっての自分とは、一体、どのようなキャラクターなのだろう。アニメDVDのストックからエヴァのシリーズを取り出して観てみた。

 

「鈴原トウジ」や「相田ケンスケ」なのか? いや、違うな。彼は友人というよりも理解者を求めているように感じる。

 

途中から言っていることが意味不明になる自分のブログスタイルから考えると、「渚カヲル」っぽくもあるが、自分はカヲル君のようでもない。

 

だとすると...「加持リョウジ」なのか?

 

申し訳ないが、自分は加持さんのように格好良くないし、男らしくもない。

 

ただ、このエントリーのタイトルも、加持さんの名言だったりする。自分だけではなくて、多くの人たちが加持さんのような存在を探しているのだろうなと。

 

消したくても消せない記憶を抱えて生きていくことは辛くて、自分が助け舟を出して救うこともできないかもしれないけれど、その辛さを理解することはできる。

 

いや、その考えは正しいのか。自分に奢りはないのか。加持さんの言葉を思い出そう。

 

それは違うな。分かった気がするだけさ。

 

人は他人を完全には理解出来ない。

 

自分自身だって怪しいもんさ。100%理解し合うのは不可能なんだよ。

 

まっ、だからこそ人は、自分を、他人を知ろうと努力する。

 

だから面白いんだな、人生は。

 

このような感じだったろうか。自分が彼のためにしてあげられること。

 

それは、ネット上であったとしても、「僕は、ここにいるよ。君は、一人じゃないんだよ」とハンドサインを送ることくらいなのだろうか。

 

加持さんのように心に響く言葉が見つかればいいのだろうけれど。

 

自分は彼が思っている程には立派な人ではない。心の傷をふさぐだけの力もない。ただ、自分の頭の中にいる彼の姿も、彼の一部だと思えば、彼にとっても少しは意味があるのかもしれない。

 

近い将来、以前と変わらずロードバイクで走る日がやってくることだろう。

 

その時は、お互いにハンドサインを出しながら、どこまでも足が攣るまで走って行こう。

 

荒川なんて小さなことを言わずに、日本海まで走って行こうじゃないか。

 

そして、海辺にロードバイクを投げ出して、大の字になって寝転がって、空を眺めながら大笑いしよう。

 

過去の苦しみなんて笑い飛ばすくらいに。

 


③ 生きるってことは、変わるってことさ


加持さんモードのまま最後の話へ。絶対に短く終わらせる。

 

最近、2年間も続けたロードバイク通勤を止めることにした。ロードバイク通勤自体は、あまりに厳しく感じた共働きの子育ての中で、自らを保つためのリスクヘッジだった。

 

浦安市という街の子育て環境は悪くない。悪くないというよりも素晴らしい。職場が子育てに理解がないのかというと、そうでもない。

 

しかし、電車通勤でたくさんの人たちにモミクチャにされる苦痛が辛くて仕方がない。それは街にも職場にも責任はなくて、妻の実家が近いという理由で浦安に引っ越してきた自分自身の判断によるものだ。

 

義父母は、浦安市がとても住みやすい街だと信じていて、都内で自分たち夫婦の新婚生活を始める時にも色々と干渉してきて苦労した。

 

妻の出産を機に10年くらい前に浦安に引っ越してきた後は、義実家から色々と気を遣ってもらいつつ、義実家との考え方の違いに戸惑いつつ、自分としても気を遣いつつ。

 

サザエさんの波平やフネのような義父母を期待していなかったし、自分だってマスオになれはしないとは思っていたが、まあこれが現実なのだろう。

 

妻の実家は、妻を含めて立派な家族だと思うけれど、家族の団結が強すぎる。すでに義父母は老いて子供たちは成人しているのに、それまでの家族のスタイルが保たれている感じがする。

 

親離れや子離れができていないと指摘するわけでもなくて、親子の距離感はその家庭によって違う。

 

それぞれの家庭にはそれぞれの形があるが、完全アウェイの状況で自分の精神が擦り減っていることは現実なわけで、まさに「浦安に住みたくない!」と叫びたくなる自分がここにいる。

 

これ以上踏み込むと妻と対立することになるので、ある程度のところで割り切って消耗を耐えるしかない。

 

耐えられない日が来れば、自分が倒れるか、浦安に住まなくなる。それだけのこと。

 

このような葛藤がどうして生まれるのかを考えてみると、その答えは分かりやすくて、原因と結果がループする。

 

妻にとってのホームというのは、自分たちが生活している家庭なのか、それとも、今まで育ってきた義実家なのかと問えば、おそらく両方という答えになるのだろう。

 

一方、故郷を捨てて上京した自分にとっては、この家庭こそがホームだ。もはや故郷に居場所はない。

 

妻と夫婦になった以上は、言葉を濁すことなく言いたいことを言い合える関係でありたいし、妻には義実家ではなくて、もっと自分の方を向いて家庭を考えてほしいと感じる。

 

しかし、それらを妻に求めるのは、夫としての傲慢な発想なのだろう。

 

電車通勤の厳しさや義実家との関係。独身時代は、このようなことで悩むなんて想像もしなかった。

 

夫婦喧嘩になった時には、途中から浦安から引っ越すかどうかという議論が始まり、子供が育つ環境として適しているから住み続けようという結論に落ち着く。

 

自分としては妻や義実家に対して言いたいことはあるし、自分がストレスを抱えてメンタルを壊して倒れたら、浦安市の新町エリアに住むこともできなくなる。今の生活レベルを維持することだって難しいことだろう。

 

人というのは一人で生まれて、一人で死んでいく。家族でさえ分かってくれない気持ちは誰にだってあるし、他者にあまり大きな期待を乗せず、現実を受け止めることも大切だなと。

 

最近、妻や義実家としては、自分が限界に近づいていることは察してくれているようだ。気を遣ってくれているように感じ、感謝している。

 

もう少し早ければ、ここまで自分がボロボロにならなかったとは思うけれど。

 

さて、長時間の電車通勤を中心に、まあとにかく浦安に引っ越してきて疲れ果て、心身を痛めて倒れつつあった自分は、ロードバイクに乗って通勤することで、この2年間を耐えた。

 

普通に考えたら笑い話だけれど、感覚が過敏な自分にとっては本当にシビアな話だった。

 

そして、最近、ロードバイク通勤を止めることにした。

 

そのきっかけは、普段から何度もタクシーやトラックにぶつかられそうになって危険だと感じたこと。

 

臆病風が吹いたというよりも、もっと深刻な心境の変化があった。この状況で落車したら、間違いなく重傷を負うか即死するという現実に対して、恐怖を感じずに平然と走っていることがマズいと思った。

 

人間にとって恐怖の感情は大切で、怖いと感じているからこそ気をつけるわけだ。しかし、その恐怖に慣れてしまったら、いつか大きな事故に巻き込まれると思った。

 

たかだか通勤が辛いくらいで大怪我したり、死ぬというのは馬鹿げている。浦安に引っ越したからこうなった。子供たちのことを考えると気楽に引っ越せないし、どうしてこんなに苦しんでいるんだ。バカみたいな生き方だ。

 

それと、上の子供が学習塾に通うようになって、夜の迎えくらいは行かねばと思ったこと。

 

イクメン的な気持ちというよりも、もっと複雑な心境の変化だ。

 

塾での学習が終わって達成感を味わいながら教室から出てくる我が子の顔をできる限り見ていたい。そういった気持ちが大きい。

 

小学校が終わって中学校に入るまで、あと数年だ。それだけの短い期間で、我が子はさらに先に進み、自分との距離はさらに広がっていく。

 

それが子育ての正しい道だと思いはしても、何だか寂しく感じる。

 

休日のロードバイクの距離は長くなったが、平日のトレーニングの機会はほとんどなくなった。子供たちが勉強している自宅でローラー台をまわすことも躊躇してしまう。

 

子育てをしていると、生き方に変化が生まれる。そして、最初の頃はその変化に過剰に反応してしまった感がある。

 

ロードバイク通勤を止めると、少しずつ身体が太ってきた。それもそうだろう。毎日走っている人と、週末にしか走らない人ではカロリー消費が違うのだから。

 

ここで焦って夜間のトレーニングを増やすと、生活のリズムが大きく変わりすぎて、心身が疲れてしまう。

 

平日の仕事と家庭、休日のライドというバランスが整ってきた後で、夜間のトレーニングについても考えよう。

 

それと、覚悟はしていたけれど、学習塾の費用が現実的になってきた。その後も私立中学や高校が待っているわけで、フルスペックのドグマやヴェンジが何台というレベルを飛び越えて、たった一回の学習塾の夏期講習で、ボーラ・ウルトラのホイールに相当する金額が吹き飛んでいく。

 

しかし、自転車に金をかけてもあまり速くはならないし、気に入ったロードバイクに乗り続けられればそれでいい。その愛車にはすでにめぐり合った。

 

それにしても、ここまでの道のりは激坂で厳しかった。

 

暑い日差しの中、寒い風の中、雨の中でも、地道にロードバイクに乗って通勤を続けたのは、結局は家族との時間を過ごしたり、心身の健康を維持するためだった。ロードバイクがなかったら、とっくに潰れていたことだろう。

 

都内に小さなアパートを借りて自分だけが生活するという選択肢もあったけれど、やはり子供たちは父と母に囲まれて育った方がいいと。電車通勤が苦痛なので単身赴任というのも違うだろうと。

 

ともかく、子供たちが小学生になり、自分の父親としての生き方も次のステージに入った。

 

そろそろロードバイクにお金をかけられないようになると思うので、人生の区切りというか、自分へのご褒美として何かを買っておこうかと思った。

 

ということで、クロモリロードバイクに似合いそうな手組ホイールを新調することにした。

 

完組ホイールに23Cくらいのタイヤを取り付けると、フルカーボンのロードバイクならばあまり気にならないが、クロモリロードバイクだと乗り味が硬い気がする。

 

25Cのタイヤを使うと走りがマイルドになるが、何だか重く感じる。

 

23Cのタイヤであっても、25Cのタイヤを履いたような感じがするホイールがほしい。

 

また、ハブやリム、スポーク、ニップルまで全てオーダーした手組ホイールを使ってみたい。

 

手組ホイールはボーラやデュラのホイールに比べると安価だが、それなりに値が張るしメンテナンスの費用がかかる。

 

子供たちが成人するまでの趣味の大物としては、これが最後の買い物になることだろう。

 

あとは、消耗品のリペアやウェアの補充くらいになる。クロモリフレームが傷んだら、全く同じものを買って交換しよう。エントリーグレードなので、その辺は楽だ。

 

生きていれば、自分の力ではどうしようもないということがたくさんある。

 

そういったことを全て解決しようとすると、心身共に疲れ切ってしまう。

 

趣味のことでも考えながら、6割程度の出力で生きるくらいが、自分にとってはちょうど良いのかな。