関宿城まで春を感じるポタリングを楽しみながら、お気に入りのペンと誰にも見せないノートを使ったストレスマネジメントを振り返る

 

とある休日。

 

愛用のクロモリロードバイクと身の回りのサイクル用品を一通りチェックした後、久しぶりに往復100kmを超えるサイクリングに出かける。

 

子育て中の父親たちにとって、年度末から年度初めは公私ともに大変忙しく、ロードバイクサークルでのグループライドの日程調整が難しい。

 

ということで、この時期はソロライドが多くなり、今回もソロライド。これはこれで一人で考え事にふけることができるので楽しかったりする。

 

ロードバイクサークルの運営の方は、メンバーの皆さんからご理解やお心遣いを頂きながら、少しずつチームのスタイルが成熟してきた。

 

結局のところ、メンバーの生活スタイルを大切にしつつ、それぞれが負担にならない程度にリラックスして、機会があれば一緒に走ろうよという形に落ち着いた。

 

このサークルは、社会人のスポーツサークルによくある勢いに任せた高揚感がなくて、穏やかで落ち着いている。

 

たぶん、このままお爺ちゃんになっても一緒にサイクリングに出かけるんじゃないかと思えるくらいの雰囲気がある。

 

男同士の本当の友人関係は、数か月くらい会っていなくても、それどころか数年以上も音信がなかったとしても、顔を合わせれば昨夜に酒を酌み交わしたかのように語らう仲が理想的だと、自分なりに思っている。

 

SNSなどで四六時中繋がっていないと関係を保てない人たちが、はたして友人なのかと自らに問えば、それは違うと感じる。

 

さて、この春がやってきて、自分のサイクルライフを変えることにした。

 

夫婦共働きに限った話ではなくて、子育てを続けていると子供たちの成長とともに生活のリズムが変わっていくので、これだけはどうしようもない。

 

この2年間は、ロードバイクで浦安から都内の職場まで通勤していた。自分なりに十分な走行距離と強度があったので、休日のライドは回復走くらいの扱いだった。

 

妻と話し合って、これからは平日はロードバイクに乗らずに電車通勤に切り替え、休日にロングライドに出かけることにした。

 

平日のライドは帰宅してからの短距離の夜連になるかもしれないが、通勤だけで往復3時間もかかる状況を冷静に考えると、たぶん無理だろう。

 

年間の走行距離は大きく減るけれど、家庭がある以上、これは仕方がない。無理なものは無理だ。

 

下の子供が小学校に入学する時期になり、長いようで実際に長かった保育園のステージがようやく終わった。

 

そうか...もう10年くらい経ったのか。

 

そして、子育てが小学校のステージに入ったからといって安堵する暇もなく、上の子供の私立中学の入試の現実味が増してきた。

 

学習塾通いが本格化してくると、今度は夜の迎えが必要になってくる。学習塾での宿題やテストへの対応など、やることはたくさんある。

 

加えて、下の子供の児童育成クラブ、いわゆる学童の迎え。

 

子供の迎えの時間を考えると、自分がロードバイクに乗って帰宅することは難しい。

 

また、都内へのロードバイク通勤にも色々な心身の負荷や事故の危険などがあって、このまま乗り続けていたら、いつか大変なことになるじゃないかと感じることが増えてきた。

 

無理に左折してきた大型トラックにバックパックを引っかけられてバランスを崩したこともあるし、タクシーが前を見ずに突っ込んでくることも日常茶飯事だ。

 

大きな事故に巻き込まれなかっただけでも幸運だと思う。

 

父親の本質は何かと考えてみると、それもまた自分として完全には把握できていないけれど、子供たちが苦労しないようにコツコツと地道に働いて、家庭を支えることだと信じて間違いはなさそうだ。

 

植物に例えると、四十路の父親は、子供たちにとって養分になる時期なのかもしれないなと思う時がある。

 

多少弱気ではあるが、自分の花を咲かせる時期、自分が青々と伸びる時期は過ぎた。今度は子供たちの成長を信じて肥料になればいいやという感じ。

 

趣味のため、健康のためとロードバイクに乗っていて、事故に遭って家族や職場の人たちに迷惑をかけたら本末転倒になってしまう。

 

別にレースに出て頑張るつもりはなく、誰かに速さを見せつけるつもりもなく、心身の健康維持と生きていく中での楽しみのためにロードバイクに乗っているのだから、特にこだわることもない。

 

そもそも、自分のロードバイク通勤は、長時間の電車通勤が拷問のように苦痛で、さらに共働きの育児のストレスと重なって酷く疲れてきたことから始まった。

 

子供たちが小学生になると、まあ今度は別の悩みも増えてくるが、総じて保育園児の時よりも子育てが楽になる。

 

休日に遊ぶ時間は減り、というか父親があまり相手にされずに子供同士で遊んだり、勉強したり読書したり、ママとショッピングに行ったりするわけで、育児中に夢見た日曜日のロングライドが可能になってきた。

 

40代後半から50代の父親のサイクリストが、思いのままにロードバイクに乗っているのはこういうことかと、今更ながら納得する。嬉しいようで寂しいようで。

 

平日に拷問のように苦痛を感じる電車通勤があったとしても、休日にロードバイクで思いっきり走りまわれば何とかなるのではないかと...思いはするけれど、やはり拷問になることだろう。ああ、気分が重い。

 

自分の人生、どうしてこうなったと後悔したところで、妻の実家がある浦安に引っ越してきた時点で全てが決まってしまったのだろう。

 

一方、この数年間にロードバイクでの通勤を続けた結果、サイクリストとして自分が何か変わったことがあるかというと、とても分かりやすい形で変わった。

 

走行距離は年間あたり1万kmに相当するわけで、明らかに実感できるくらいに太腿まわりが太くなった。

 

また、ズボンの腰回りがきつくなってきたので太ったのかなと思ったら、大殿筋が盛り上がってきていることに気づいた。

 

そして、この筋力アップが何に貢献したのかというと、確かに速く走ることができるようになった。それだけのこと。

 

例えば、河川敷をロードバイクで走っていて向かい風がやってきても、あまり動じなくなった。

 

趣味でロードバイクのライドを楽しんでいる人が河川敷を走っていて向かい風がやってきた場合、27km/hくらいの速度が一つの壁になるような気がする。

 

そこから30km/hくらいまで速度を上げて1時間くらい向かい風の中を走り切ることは、レース志向のライダーなら容易だが、中年の週末ライダーにとっては厳しかったりする。

 

週末ライダーの中には、荒川河川敷の向かい風対策としてロードバイクにDHバーを付けて走る人が増えてきた感がある。

 

自分もロードバイクにDHバーを付けたことがあって、確かに向かい風の中で楽に走ることができるのだけれど、ブレーキから手を離した状態はとても危険だと思って、すぐに取り外して捨ててしまった。

 

2本の角を生やしたロードバイクに乗って歩行者の横を通り過ぎるなんて、馬鹿げていると思った。ぶつかったら大変なことになる。

 

最近の荒川や江戸川の河川敷では、明らかに腹が出たふくよかな身体をタイトなレーシングウェアで締め付けて、横から見るとまるでボンレスハムのような格好になりながら、DHバーにしがみついて必死にペタルを回している中年男性たちを見かける。

 

しかも、カーボンのフラッグシップモデルのロードバイクに軽量のカーボンディープホイールを取り付けていたり。

 

彼らはどうしてそこまでして速く走ろうとするのだろう? 速く走れば格好が良いとでも思っているのだろうか? その必死感が...

 

それでも、職場などでは、「ああ、趣味はロードバイクだよ」といった感じでのたまうのだろうか。

 

サイクルショップの中とか、若い人たちの前では、「ああ、やっぱりデュラとボーラはいいよ」といった感じでのたまうのだろうか。

 

本人以外はレーシング仕様だけれど、本人をレーシング仕様にするために必要なのは金ではなくて、ストイックな食事管理やトレーニングだ。

 

中年ライダーの持ち味とはなんだ? ロードバイクにお金をかけることか? 長い人生をかけて培ってきた深みのある経験や落ち着きではないのか?

 

速く走るためにバイクに金をかけるんじゃなくて、太腿やふくらはぎを鍛えればいいじゃないか。

 

それも人の生き方だから否定はしないが、歩行者やランナーが通行している道路においてブレーキから手を離して走ると危ないし、楽をしたいのなら、速度を下げればいいじゃないか。

 

その状態でいくら速く走ったところで、周りの人たちは本人が感じているほどには格好が良いと思っていない。

 

ハイスペックなバイクよりも、派手もしくは高価なサイクルジャージよりも、中年とは思えない引き締まった体躯と、年相応の礼儀正しく落ち着いたライドの方が格好良いと思う。

 

では、ロードバイク通勤で筋力が増したからといって、老若男女が散歩やジョギングを楽しんでいる河川敷のサイクリングロードを時速30kmで走ることが適切なのかというと、それは危険な行為でしかない。

 

自分はレースにも出ないわけで、この脚力はあまり使い道がない。

 

まあ、自分を強くしたいという自己満足は残っているし、グループライドでトレインの先頭を走って、仲間を向かい風から休ませる時には便利かもしれない。

 

人というのはどうしても欲が出てくるし、見栄もある。

 

休日のロングライドで脚を鍛え続けないとどうなるか? 絶妙な脂肪のサシが入った霜降り状態になって、ただ重いだけの脚になってしまうかもしれない。どうしたものだろうか。

 

ところで、100kmを超える距離をロードバイクで走る際、ライダーの頭の中では、新しい景色を眺めて楽しむとか、自らのトレーニングについて考えるとか、ステムやサドルの調整が気になっているとか、そういった様々な思考が行われていることだろう。

 

無心でペダルを回してリラックスしている人もいるだろうし、新しいロードバイクの購入が気になって仕方がないとか、そういったケースもあるかもしれない。

 

けれど、すれ違うロードバイク乗り、もしくは同じ方向にむかって走っているロードバイク乗りの心の中を知ることはない。

 

サイクルブログの多くはサイクリング中のエピソードや自らのライドの距離や強度を紹介していることがあるが、その他の思考について紹介されることは少ない。

 

今回は、浦安市から野田市の関宿城まで、往復120km程度のポタリングを楽しみながら考えたこと、感じたことを並べてみようかと思う。

 

小さな子供たちを育てているお父さんたちにとっては、休日のロングライドに行くことが難しいだろうから、自分のようなオッサンと一緒にライドに行った感じで、もしくは近い将来、同じようなオッサンになった日をイメージして書いていく。

 


最近、小林薫さんが主演している「深夜食堂」というドラマや映画のシリーズをとても気に入って、家族が寝静まった頃にAmazonのサイトで視聴していたりする。

 

仕事と子育てが大変で、これほどまで素晴らしい作品があることさえ気づかなくて、そのきっかけは些細なことだった。

 

自分が残業を終え、ロードバイクに乗って夜の東京の中心部を走っていると、毎日のように不思議な虚しさや哀しさがやってきた。

 

特に、タクシーの群れを見るたびに何かを感じる。

 

仕事で疲れてタクシーに乗り込む人たちだけでなく、酒が入って陽気になった人たちが手を挙げてタクシーを停める姿さえ。

 

そして、当然ながらそれぞれの人たちがタクシーに乗ってどこかに運ばれて行くわけで、昼間の都内の活気が幻なのかと思うほどだ。

 

都内のオフィス街であっても、一つの街だ。この街というのは建物や会社といった物や組織だけで成り立っているわけではなくて、もちろんだが人々がいることで成立する。

 

その人々が夜になって家路に向かうと、この街は何か空虚な場所になってしまうというか。そこで働く人たちにとっては職場があるところでしかなくて、一人ひとりの家庭に帰っていく。

 

自分の場合には自転車だけれど、やはりその波に乗って自宅に帰る。

 

道路を流れていくたくさんの赤色のテールランプを眺めていると、10年前も、20年前も、同じような光景だったのだろうなと。

 

毎日、それなりに何かをこなして、毎日、変化はあっても基本は平凡な一日を送って、老いていく。それが幸せなことなんだろうけれど、こうやって自分は老いて、いつか存在さえなくなってしまうのだろう。

 

一生懸命に頑張って辛いことに耐えたとしても、大したことも残せずにこの世からいなくなるのにと。

 

深夜に帰宅して、一人で遅めの夕飯を取りながらAmazonで映画のリストを眺めていたら、「深夜食堂」というドラマシリーズを見かけた。

 

あまりに評価が高いので何だろうと思って冒頭のシーンを視聴したら、一気にその世界観に引き込まれた。

 

そう、自転車で都内を走って帰宅している時、街並みを眺めて感じていた虚しさや哀しさというのは、この情景なんだと。

 

 

桜を眺めながら深夜食堂について考えているのはミスマッチかもしれないけれど、ペダルを回しながら色々と物思いにふけることがサイクリングの楽しさだったりもする。

 

ということで、そのまま続ける。

 

この場所は江戸川河口から右岸をしばらく北上するとたどり着く寅さん記念館の前の公園。もつ煮とビールを楽しみたかったけれど、サイクリング中なので諦めた。

 

深夜食堂のオープニングは、趣のある音楽とともに小林薫さんの味のあるナレーションから始まる。

 

1日が終わり、人々が家路へと急ぐ頃、俺の1日は始まる。

 

メニューはこれだけ。あとは勝手に注文してくれりゃあ、できるもんなら作るよってのが、俺の営業方針さ。

 

営業時間は、夜12時から朝7時頃まで。人は「深夜食堂」って言ってるよ。

 

客が来るかって?  それが結構来るんだよ。

 

深夜食堂は、少し寂れた繁華街の片隅にあって、古びた店舗に「めしや」という暖簾がかかっているだけ。10席も座れば一杯になるような小さな空間。

 

メニューは、豚汁定食とビールと日本酒と焼酎しかない。しかも、飲み屋ではないので、お酒は3杯までというルールがある。

 

原作となったコミックの作者は会社勤めが長かったということもあるのだろうか、社会の描写がとても巧みで、人の心の中に染みわたるように感じる。

 

自分が独身の若者だった頃にこの作品を見て心を動かされたかというと、たぶんあまり何も感じなかったかもしれない。むしろ、日本酒の旨さが分かるようなオッサンになって、人生も折り返しを過ぎたからなのだろう。

 

人は誰だって、楽しいこともあれば、悲しいこともある。他者から見て順風満帆に感じる人生を送っているような人だって、深い心の傷の一つや二つはあるはずで、時に重い孤独を感じて生きていたりもする。

 

ふと足を止めて立ち寄れる場所、そして自分が自分であることを取り戻すことができる場所があって、そこにはいつも待っていてくれる人がいる。うーん、そういった温かさを感じるストーリーなんだなと。

 

ところで、最近、うちのサイトをブログで紹介してくださっている子育て中のサイクリストのお父さんがおられるという話をお聞きした。

 

どうやら「はてなブログ」という無料ブログを使っている、いわゆる「はてなブロガー」のようだ。

 

ヒノデダッズム(HD)のサイトはJimdo Proを使用していて、手を抜いたデザインのようで細かなところまでこだわっていたりする。

 

神経質で余計なロゴや広告が気になるので、シンプルさを追求したらこうなった。ご年配の方々は、この配色をご覧になれば何をモチーフにしたデザインなのかお分かりだと思う。

 

それと、Jimdoは優れたサービスなので、その感謝の気持ちとサービスへの対価として使用料を支払いたいと思った。

 

はてなブログは、インターフェイスが使いやすくて、ユーザー同士の連携や更新通知も備わっており、長文を投稿することが可能なTwitterのような印象がある。

 

自分は仕事ではネットを使うけれど、プライベートではTwitterどころか、ネットニュースすら読まない。

 

ロードバイクチームのブログについてはサークル運営の参考のために拝見しているが、それ以外はネット断ちをしているような状態だ。なので、HDをご紹介を頂いても気が付かなかった。

 

ご紹介くださったユーザーのお父さんからすれば、自分はなんとクールなブロガーだとお感じになったことだろう。

 

自分がどうしてネット断ちをしているのかというと、理由は単純で、ネットを眺めているとすごく疲れるから。

 

ネットニュースは、トピック性があって頭に突き刺さるけれど、素になって考えると自分の人生において大して意味もない情報が多い。だからなんなんだと。言いたいことは分かったよと。

 

Twitterを眺めると、感情を吐き捨てるような、もしくは自身がどれだけ立派なのか分からないが他者を否定するような投稿が頭の中に流れ込んできたりする。つぶやきとはそういうものだろうけれど。

 

アフィリエイトブログを中心としたエントリーも疲れる。どれを読んでも同じに見えるし、「~するための5つの方法」とか、そういった数字がタイトルになった記事はクリックすらしない。

 

どこかで拾ったアイキャッチ画像から始まって、どこかで読んだような文章が並んでいるだけ。とはいえ、広告収入はGoogleの貴重な柱なので検索結果から完全に排除されることもなく、ネット上にそういったエントリーが広がっていく。

 

「お前の長文の方が疲れるよ」とか「じゃあ、ブログやるなよ」というツッコミがたくさんやってきそうだけれど、わざと長文を書いているわけではない。

 

この長文は、子供の頃から苦しんできたハイパーレクシアらしきものによるもので、トレーニングを受けたわけでも、努力しているわけでもない。

 

どうして、「らしきもの」と表現しているのかというと、実際に診断を受けたことがないし、そのつもりもないから。

 

それが分かったところでどうなることでもないし、仕事があって、家庭もある。それで十分だ。

 

どこかで書いたかな...嘘のような話だけれど、自分は保育園児の段階で常用漢字をマスターして大人向けの小説や新聞を読むことができた。

 

コロコロコミックなどの漫画本には漢字の横にふり仮名がふってあったので、それを見て漢字を理解したわけだ。

 

国語辞典や漢和辞典もあったので、四十路を越えた今では想像できないくらいに速いスピードで言語を認識して、没頭していった。

 

それと、自分は家庭の都合で小学校に入学する直前まで祖父母の家で育てられたこともあって、実の親がその変わった性質に気づくことが遅れてしまい、そのまま育つことになった。

 

 

目の前に文章があると、読み込んで過度に集中してしまうわけで、それはそれで楽しいけれど、その世界に引っ張りこまれたりもする。

 

なので、集中すればするほど、自分が削れていく。イメージ的には漫画の「うしおととら」みたいだ。

 

ただ、自分のような団塊ジュニア世代の場合には激しい受験戦争があったので、その時にはこの性質がとても役に立った。

 

国語だけでなくて、数学や理科、社会の問題文も日本語で書かれている。問題文を短時間で理解して出題者の意図を見抜き、速やかに答えを出すことができるわけだ。

 

小論文などの記述試験の場合には、短時間で膨大な文章を読み込むという性質を反転させるだけの話だ。頭の中に入っている語彙やフレーズを出力させればいい。

 

それと、これがハイパーレクシアらしきものとどのように関係するのか分からないけれど、若い頃には目の前で起こったことを、画像や動画のように記憶して、後で思い出して詳細に書き出すことができたりもした。

 

暗記科目について言えば、試験前に参考書を丸暗記したり。

 

そういえば、自分が親になって、とある場所の保護者会に出席し、メモを取らずに記憶して、自宅に帰って細かな議事録を書いた時には、同世代の保護者が驚いていたこともあった。

 

普通の父親を演じないと保護者いじめに遭うリスクがあるので神妙になった。

 

そういった性質を活用したのか悪用したのか分からないが、自分は高校から大学、大学院に至るまで、全ての試験に合格してきた。就職の試験も全て合格した。

 

ここまでなら、ナルシズムを帯びた自慢話なのだけれど、人間の力というのはとても良くできていて、全体の容量は決まっているようだ。

 

中二病的に表現すれば、普通の人と違った力を得た代償として、普通の人なら持っている力をたくさん失っていることに気づいたのは、小学校や中学校でいじめを受けて苦しんだ時だろうか。

 

自分は初めて会った人には決して心を開かない。十分に観察した後で、大丈夫だと分かった相手にしか本音を話さない。

 

このコミュニケーション能力の低さよりも困るのが感覚過敏。

 

普通の人と比べて何倍もの光、音、臭いなどが頭に届くわけで、本当に辛い。

 

普通ならこのような刺激を頭の中である程度は抑制してコントロールできるようになっているのだろう。それがそのままダイレクトにやってくる。

 

普通の人と違った力なんて必要ないから、普通に産んでほしかったと思ったりもした。

 

しかし、若き日の頃、とある人から「その個性、仕事で使えるから、誰かを助けるために使えよ」と励ましてもらった時には本当に嬉しかった。

 

洞窟の中で空気の異変を感じるためのカナリアとか、水質をチェックするための金魚みたいなものだなと思うけれど、子供の頃から苦しんできた過敏な感覚を仕事で使って、人様のお役に立って、それでお金を稼ぐことができるなんて、自分はとても幸運だ。

 

ここまで引っ張ってくださった方々に足を向けずに寝ようとすると、立って寝なくてはならない。自分にとって仕事とは何かというと、本質的には恩返し。

 

ここまで生きていられることに感謝して、少しでも誰かのためにならねばと。

 

もとい、たくさんの人たちがネット上に近況や日記を並べている無料ブログ、特にユーザーが多い「はてなブログ」は、自分にとっては恐怖の対象だったりもする。

 

一度、読み始めると、それらの記事に集中してしまって、最初から最後まで読み込んでしまう。リンクしている別のユーザーがいると、そのブログを読み出して、次から次に無限ループのような状態になってしまう。

 

さらに、それぞれのユーザーの感情までが自分の頭の中に雪崩れ込んできて軽いパニックになる。

 

しかし、ヒノデダッズムを紹介してくださったブロガーの投稿は一通り拝読した。

 

小さなお子さんを育てておられて、仕事と家庭と趣味のバランスで苦しんでおられるような印象を受けた。魂がこもった素晴らしいブログだと思った。

 

 

「みさとの風ひろば」の近くまでやってきた。菜の花が大変なことになっている。

 

虫たちが頻繁に顔に向かって当たってくる。5千円くらいの台湾製のバイザー付きのヘルメットが虫よけのために役に立った。

 

我が家には数万円のヘルメットがいくつか転がっているが、気が付くとこのヘルメットをかぶって走っている。

 

冒頭の深夜食堂の話に戻る。

 

自分が書くHDのブログは大多数の人たちには受け入れられない。特にお母さんたちからの受けは良くなくて、メッセージを頂いたことや励ましたもらったことなんてほとんどない。

 

子供にシラミが移って困ったとか、ベランダにプールを用意したいとか、千葉市の動物公園で弁当を食べたいとか、そういった情報が必要になった時には、ネットで検索してHDのサイトにアクセスして、欲しい情報をゲットしたら、さっさと去って行く。

 

アフィリエイトブログならそれで少ないながらも利益が発生するのかもしれないが、こっちは利用料を払ってサイトを運営しているわけだ。

 

別にアクセス数なんて必要ないので、ページを削除してやろうかと感じる時があるけれど、その背後に子供たちがいると思うと、なかなかそれもできない。

 

人の心は利己的になっていて、自分のメリットを優先し他者の貢献を軽く見る傾向がある。

 

他者が苦しんでいても気にもしないのに、いざ自分が困った時には、「誰か、助けろ!」と。

 

仕事で人助けをしている人たちは助けることだろう。それが仕事なんだから。けれど、それが当然だと思うような社会になると、誰もボランティアで情報を発信しなくなるのではないか。

 

その裏返しがアフィリエイトブログなんだろう。小銭であってもネット記事を書けば自分自身が儲かると思えば、人は一生懸命にエントリーを積み重ねる。

 

しかしながら、稀だけれど、自分のような気持ち悪いブロガーのエントリーに共感して受け入れてくださったり、明確なアクションはないけれど定期的にアクセスしてくださるコアなユーザーがおられる。

 

そういった人たちに出会う度に、ブログを続けてきて良かったと思う。

 

 

そもそも、HDのブログというのは、自分が父親として生きてくる中で感じたことや考えたことをネット上に記録しているだけの話で、公開しているのでフリーにアクセスできるけれど、結局は自分のために書いている遺書だったりする。

 

別にすぐに死ぬつもりはないけれど、手の届くところに死が近づいてきたことがあって、何だか寂しい気持ちがあった。

 

今は復活して、老いてはいるが生きている。しかし、自分がどうやって生きたのかをネット上に残しておくと、それを見て誰かが共感してくれるかもしれないと思った。

 

ほら、誰かが亡くなって通夜や葬儀に参列すると、色々な段取りがあって、座って待つわけだけれど、自分の番がまわってきて死んだら、各自、スマホを取り出して、HDのブログを読んでもらおうかなと。

 

そうするとあまりの長文で時間をつぶせるだろうから。

 

それにしても、HDのブログに共鳴してリアクションをくださる人たちの背景は本当に様々だ。

 

市役所の職員さんとか、大手新聞社の記者さんとか、遠く離れた街の保育園の園長さんとか、政令指定都市の市長さんとか、子育て団体の代表さんとか、医院の院長先生とか、もちろんだが子育て中のお父さんたちとか。

 

千葉県内の進学校に入って親や先生から有名大学を目指せと言われて、自分が何のために勉強しているのかを見失った高校生からメールが届いたこともあった。

 

当たり障りがあるので詳しくは書けないが、うつで休職しているお父さんたちや、派手な夫婦喧嘩の後で離婚するかもしれないと悩んでいるお父さんたち。

 

年間当たり1万人の人たちがサイトにアクセスしてくださったとして、自分から見るとそれぞれの人たちは集団の中で1万分の1の存在になる。

 

しかし、それぞれの人たちが自身の生き方を見つめた時、もちろんだが1分の1の存在なわけだ。

 

ネット上で自分がいて、自分から見ると1分の1の存在で、しかし他者から見たら1万分の1どころか、もっと小さな小さな存在。

 

ネットが発達して、人の心は逆に孤独になったという意見を目にしたり、耳にするけれど、たしかにそうかもしれない。

 

そういった何かが足りない空虚な気持ちを埋めるかのように、自分の文章を読んでくださるのなら、それはそれで有り難いことかもしれない。

 

 

・・・などというオッサンにしては酷く感傷的な気持ちを胸に、江戸川の河川敷を北上して、千葉県の野田市に向かって走っていく。この時期は菜の花が本当に美しい。

 

あまり頻繁ではないけれど、たまにそっとHDのサイトにアクセスしてエントリーを読んでくださる方々は数百名くらいおられるようだ。

 

彼ら彼女らは、一体、自分が書く文章に何を求めているのだろう。まあ、浦安市内のPTAの役員たちは、PTAに対して指摘が来ていないかチェックしているだけなんだろうけれど。

 

不思議だな。自分もそうだけれど、こんなにネット上にたくさんの情報が発信されているのに、落ち着いて読み込めるネット記事が本当に少ない。

 

どの程度の価値があるのかどうか分からないけれど、自分が書く遺書のような暗い長文が、誰かの暇つぶし程度になればいいかなと。

 

深夜食堂のナレーション風に書いてみよう。

 

日曜日の夜が来て、人々が新しい日に向かって眠り始める頃、俺の執筆は始まる。

 

更新は月2回。あとは勝手にアクセスしてくれりゃあ、書けるもんなら書くよってのが、俺の運営方針さ。

 

文字数は1万字から4万字くらい。人は「日の出親父」って言ってるよ。

  

アクセスがあるかって?  それが結構あるんだよ。

  

 

それで、普通のブロガーなら、HDをご紹介くださったはてなブロガーのお父さんのブログにコメントを送って励ましたりするのだろうけれど、自分は彼の気持ちを十分に察した後、彼のためにエントリーを書いて、そのままそっとしておこうかと思う。

 

ブログを拝見した限り、彼は2歳くらいのお子さんを育てておられて、なかなか趣味のロードバイクの時間が取れないこと、また仕事や子育てで悩んでおられるようだ。

 

父親としてアドバイスするなら、よくあるセリフしか思い浮かばない。

 

何人かの子供を育てていれば、「魔の2歳児」とか「悪魔の3歳児」のステージに慣れてくる。

 

やりたい放題になるけれど、ある程度、受け流すしかない。子供が小学校に入学すれば楽になるので、そこまでは我慢が続く。

 

それと、自分の子供を他の子供と比べないこと。大人になるとどうしても他者と自分を比較してしまうけれど、子供の成長はそれぞれなので比較すると疲れる。

 

ロードバイクのライドに例えると、最初は追い風の平坦路から始まって、いきなりアルプス山岳級の激坂がやってきて、脚が尽きるどころか、落車して肩や膝から血を流し、スポークまで折れて、バイクを手で押してクリートを削りながら、これって本当にロードレースなのかよと自問自答しながら、必死に坂道を登る。

 

厳しさにも幅があるだろうけれど、大なり小なり、それが共働きの育児だと思う。

 

で、子供が成長してくると、あんなに辛かったのに苦労が夢のように去ってしまい、むしろ懐かしく感じる。それが子育てだと思う。

 

子供が小さいうちは、まあとにかく色々な風邪をもらってきて、手を洗えば何とかなるのかと思いきや、保育園で様子を見れば鼻水をたらした子供が手で鼻を触った後、別の子供の口に指を突っ込んでいたりもする。

 

この感染を止めるなんて難しいだろうし、途中から「ああ、もうたくさん風邪を引いてタフになれよ」と、有給をとって昼寝をしたり。

 

最初は寝かしつけで頑張ってみたものの、なかなか寝ないので面倒になって、父親が最初に眠ることにした。親が眠ると子供もリラックスして眠るようだ。

 

自分は当時からロードバイクが趣味だったけれど、月間の平均の走行距離なんて200kmもなかったと思う。

 

全く走ることができなかった月もたくさんあった。

 

子供を外に連れ出さないと機嫌が悪くなるので、ロードバイクに乗っている時間なんてなかなか取れなくて、透き通る青空を眺めながら何度、ため息をついたことだろう。

 

自宅でローラー台に乗っても子供がやってくるし、妻は新婚時代の優しい女性像からトランスフォームして、イラついてピーキーになっているし、リアディレーラーの調整すらできなかったり。

 

自分が5人くらいの子供を育てているようなキノコパワーに満ちた父親なら、たくさんのアドバイスを送ることができるのだろうけれど、ひどく消耗して死にかけているような状態だ。全く参考にならないと思う。

 

ただ、冒頭からここまで、そして最後まで、自分はそのお父さんのために長文のエントリーを書いているつもりでいる。

 

そのお父さんにおかれては、照れ臭いのであまりHDを引用せずに、引き続きアクセスしてくださるだけで十分。

 

まず、これは一般論かもしれないが、父親になったお父さんが夫婦共働きの中で子育てに入り、疲れたり、悩みを抱えたとする。

 

この情報化社会だ。ネットで検索すれば、何か重要なヒントがサクッと手に入るような気がすることだろう。

 

そして、実際に調べてみる。アフィリエイトブログを見ても何だか心にグッと来ないことだろう。

 

では、現役の父親たちのブログを眺めてみる。自分のように消耗しすぎた父親のブログは気分が落ちてしまうかもしれない。

 

一方、「夫婦関係は良好、子供たちも可愛くて、父親になって、本当に良かったー! それとね、僕、趣味も楽しんでるよー!」という感じのブログを見ると、さらに気分が落ちる。

 

そもそも、夫婦共働きの子育てに入って、リア充でストレスフリーな生活を送っている父親のブログって、本当なんだろうかと少しうがった見方をしてしまう。

 

フェイスブックの延長線上のように、自分をより良く見せたい、いや、より良く魅せたいと盛っているんじゃないだろうか。

 

 

江戸川沿いの右岸の道路を、ひたすら北上する。

 

それ以前の話として、自分が感じていること、考えていること。そういったことにフィットする同じ父親のブログに巡り合うことがない、もしくは非常に難しい理由を素になって考えてみると、理由は簡単だと思う。

 

夫婦共働きで育児に入ったたくさんの世帯があったとする。あくまでたとえ話だけれど、ざっくり見積もってみよう。

 

父親の仕事の内容を、楽、普通、激の3段階で分けたとする。

 

父親の子育ての能力を、得意、普通、苦手の3段階で分けたとする。

 

父親の家事の能力を、同様に3段階で分けたとする。

 

父親のメンタルタフネスを、強、普通、弱で3段階に分けたとする。

 

母親についてもそれぞれを同様に3段階で分けたとする。

 

子供たちにも育てやすさがあって、易、普通、難の3段階に分けたとする。

 

父親がいて、母親がいて、子供たちがいて、一つの家庭があったとして、この条件においてそのパターンがどれくらいあるのか、単純に掛け算をしてみる。

 

3×3×3×3×3× ......

 

つまり、共働きの子育てといっても、そのパラメーターは無数にあるわけで、自分の状況にフィットした父親のブログを見つけるのは至難の業だと思う。

 

父親たちには、母親たちのようにネットワークをつくって情報を共有するような能力が欠けているわけで、結局のところ、地図がないような状態で目的地を探すような気持ちになることだろう。

 

 

江戸川左岸を走り続けて、この風流なトイレを見かけたら、海に向かって左側、つまり左岸に渡る。

 

地元のロードバイクチームがたむろっていて、なんだか居づらい気がするかもしれないが、自分の心の中で「春日部ローディ」と呼んでいる人たちは基本的に優しいので、休憩がてら声をかけると心がほっこりする。

 

このままだと延々と長文を書いてしまうので、短めに書く。

 

 

しかし、そのお父さんのブログを拝見して、少し気になったことがあった。

 

仕事と家庭と育児が大変なことは十分に察したが、仕事中に会議の流れが頭に入ってこなくなってきたという部分。

 

それが何となくの表現なら大丈夫だと思うけれど、本当に頭に入ってこなくなったら、メンタルとしては黄信号なので、カウンセリングを受けた方がいいかもしれない。

 

いや、共働きの子育てを続けていて疲れない父親なんていなくて、疲れてくればそうなることが多いだろうから、ロードバイクのメンテナンスと同じようなものだ。

 

そのうち、パソコンの画面に映ったメールの文字が頭に入って来なくなったり、歩いていて目が回り始めたり、会議中に心拍数が上がり続けたり、電車の中でストレスを感じると下痢をしたり。

 

どうしたんだろうと思っていたら、布団に入っても眠れなくなったり。そして、朝、目覚めて布団から立ち上がれなくなったり。突然、電車に吸い込まれそうになったり。

 

自分はいつも思うのだけれど、子育て中の父親のメンタルというのは、もっと大切にされてもいいのではないだろうか。

 

たくさんの子育て支援があって、その多くが母親が対象になることは理解できるけれど、父親はどうなんだ? 男は黙って我慢しろとでも言うのか。

 

 

・・・・と、怒ってみたところで何も変わらない。それにしても美しい桜並木だ。

 

ただ、この快適な道路を走りながら、父親のストレスマネジメントについて振り返ってみた。

 

他の人たちはどうなのか分からないけれど、自分が何かに悩んだり、ストレスを感じた時には、あえてネットを使わない。

 

HDのブログを書いたところで、自分のストレスがネット上に放出されるのかというと、別に気持ちが楽にならない。思ったことを書きとめているだけだ。

 

心の中を整えたい時には、1本のペンを取り出して、誰にも見せることがないノートに自らの気持ちを書いている。

 

世の中では、「暗黒ノート」といった名前でストレス解消法として紹介されていることがあるが、自分としては、「自分の頭の中を書き出すノート」と呼んでいたりする。

 

この方法についてはかなりの数の書籍が出版されているし、ネット検索すれば山のようにアフィリエイトブログがヒットする。

 

そういったブログは端的にポイントが書いてあって非常に分かりやすい。おそらく、実際に試してみて感動して、アフィリエイトブログの枠を越えて力を込めて書いてしまった感がある。

 

しかし、心の中を書き出すといっても、決してネガティブなことばかり書くわけではなくて、自分を励ましたり、自分を諫めたり、そういったことも書く。

 

とにかく、心の中に浮かんだことを全て手書きでノートに投影するだけ。そんな簡単なことだけで心の中が空っぽになるというのは、実に不思議だと思う。

 

 

ここで終わると、ただの小ネタになってしまう。

 

ペンとノートという原始的な方法でストレスを分散させる方法は、とある中年のお父さんが、仕事で悩んでいた若いお父さんに送ったアドバイスなのだそうだ。

 

その中年のお父さんの話は、自分にとって本当に勉強になった。

 

彼は、本人なりにはエリートコースを歩み、それなりの職場でそれなりの仕事をし、上を目指して努力していたそうだ。

 

そして、30代で結婚し、子供が産まれ、大変ながらも幸せな毎日を送ることができると思っていたそうだ。

 

しかし、その幸せは長くは続かなかった。

 

上司がリタイアし、後任の上司との折り合いが悪く、意見の衝突が続いた。

 

本人としても長く続けてきた実績やプライドもあって、引くことができなかったそうだ。

 

 

そして、その上司の上司にも話が行き、結局、彼には新しい働く場所が用意された。

 

他に働く人がいなくて、デスクと椅子と電話がある小さな部屋。

 

そこが彼の職場になった。

 

それまでに続けてきた仕事は続けられなくなり、仲間もいなくなり、次の転職場所を探すわけだ。

 

彼は、仕事をさぼってきたわけではなくて、きちんと実績を積んできた。しかし、組織の論理に合わないという理由で追い出し部屋のような場所に追い込まれたわけだ。

 

それまで、互いに励まし合い、仲良くしてきた人たちも、自分の立場や保身を考えて距離を置くようになった。

 

彼にとって最も心を痛めたのは、若い頃から助けてきた同僚が恩を仇で返すかのように上司のイエスマンになり、一緒になってプレッシャーをかけてきたことだった。

 

人は自らの出世や保身のためには、世話になった人でも切り捨てて、自らの利益を追求することを彼は学び、他人のことを信用しないことに決めた。

 

その追い出し部屋の中で、彼は憤りと虚しさに耐えた。

 

そして、しばらくすると、少しずつ精神が削れていくことを感じた。

 

周りとしては、標的となる人物のメンタルを削って退職させることを考えているわけだから、よくある流れだろう。

 

小中学校のいじめと何ら変わらないが、いい歳をこいた大人がやっている時点で、その組織は腐ってしまっていると感じたそうだ。

 

自分が標的になり、追い詰められ、彼の心身は弱っていった。

 

めまいや動悸といった症状から始まり、自宅に帰っても眠れなくなってきた。

 

しかし、彼の妻は共働きの育児の中でイラついていて、夫の仕事のことまで気を遣っていられない。

 

それ以上に、彼は夫として父親として、そんな無様な状態にあることを妻に詳しく説明することができなかった。

 

その状況が、さらに彼を追い詰めていく。

 

眠れなくなることで、さらに気力や体力が削れて行く。小さな赤ん坊を胸に抱き、必死に眠ろうとした。

 

そうしないと、この家庭を守っていくことができないと。

 

 

自分の心が少しずつ削れ、不眠によってさらに消耗していく中でも、彼は何とか職場に通った。

 

誰からも声をかけてもらうことすらできない小部屋の中で、転職のための活動をする気力さえもなくなり、あとは潰れることを待つような状況だったそうだ。

 

その時、オフィスにあった一冊のノートに、ボールペンで気持ちを書き残し始めた。

 

自分が、今、どのような状況なのか。

 

どのような苦難があって、自分はどうすればいいのか。

 

そして、それぞれの要素を線で結び、さらに関係する要素を書き出して、全体像を描き始めた。

 

結論が出ない部分については、「今は分からない」と書き込むだけで、頭の中の苦悩のループを止めることができることに気づいた。

 

不思議なことに、心の中をノートに書きこんでいると、次第にストレスが抜けて、頭の中がリラックスするようになったそうだ。

 

また、心の中を書き込んでいると、自分に足りなかったことまでが分かるようになってきた。

 

そして、職場の外回りを始めることにした。必死に頭を下げ続けた。とても無様な姿だったそうだ。

 

たくさんの人たちに出会い、何を必要としているのか。そのニーズに応えるためにはどうすればいいのか、そこから一つでも仕事の芽を見つけることができないか。

 

そして、彼はたった一人の小部屋の中で、たった一人の事業を始めることにした。

 

パソコンさえ自前で、使えるのは自分がこれまで培ってきたスキルと人脈のみ。

 

最初は、たった一つの取引先しかなかったが、彼は残された糸を大切にして、懸命に取り組んだ。

 

なぜなら、あと少しで自らの心が潰れることが分かり切っていたからだ。もう後がない。

 

すると、わずかながら希望の光が見えた。

 

しかし、そこで一喜一憂することなく、これからのことをノートに書き込み始めた。

 

謙虚であること、経験する全てが勉強であること、自分にチャンスをくださった人たちに感謝すること。

 

自分自身にアドバイスを送ることもあった。

 

 

建設省が残した不思議な重機を目にしたら、そこから先に進むと関宿城がある。

 

しかしながら、やっと芽生えた彼の仕事は、あまり幸せな展開にはならなかった。

 

自身がコツコツと取り組んできた仕事が、計算高い上司によって「上司の手柄」として利用され始めた。

 

組織ではよくあることだ。頑張っても頑張っても、その業績が上司のものになるなんて悲しすぎる。しかし、彼はすでに全てを失っていると覚悟して、仕事を続けた。

 

その仕事をやっている人が誰なのかは、同業者ならすぐに分かる。

 

結局、その仕事を続けているのは上司ではなくて、彼だということが知られ、今まで通り、直接的に仕事がオーダーされるようになった。

 

しかし、事業が順調に花開いても、彼は相変わらずノートに自分の心の中を書き込み続けた。

 

組織である以上、上司がいて、そこで働くことになる。上司としても業績が必要なわけで、ある程度は立場を考えて貸しを作っておく必要があると気付いた。

 

ということで、全てのメールをCCで上司に送り続け、ホウ・レン・ソウを徹底することにした。

 

すると、上司からプレッシャーを受けることが減り、ストレスが減ってきたそうだ。

 

彼は未だに職場の誰のことも信じていなくて、ほとんど一人で事業を続けている。

 

毎日のように仕事が舞い込んで、忙しくて仕方がないが、自身のキャパシティを超えた要望があった場合には潔く断っているとのこと。

 

また、結局は自分の力で何とかしないといけないと心掛けているそうだ。

 

しかし、相手の立場に関係なく、常に謙虚で、勉強し、感謝し続けるという気持ちを大切にしてコツコツと働いていれば、心穏やかに生きられることを学んだと。

 

 

関宿城が見えてきた。

 

そして、仕事が順調な時や自身の心が舞い上がっていると感じた時には、苦しい時期に書き込んだノートを開いて、過去の自分に感謝して、現在の自分に問いかけるそうだ。

 

振り返れば笑ってしまうような不満も書きつづられていたそうだが、当時は必死だったんだよなと。

 

 

自分は、その話を耳にして、とても感動して、同じことを続けていたりする。

 

本当だ。ノートに気持ちを書き続けると、途中からボーっとなってくるが、何だか気持ちが楽になるから。

 

素になって考えると、人が文字を書き始めた歴史は、ネットよりもずっと昔のことだ。頭の中を紙に書くという行為には、もっと深い何かがあるのかもしれないなと。

 

 

本題が終わったので、簡単にメモを残す。サイクルブログならここが本題なのだろうけれど。

 

偶然、関宿城のさくらまつりが開催されていた。

 

 

本当に見事な桜だ。

 

 

このような石垣を眺めていると、昔の忍者の仕事というのは、警察の公安の人たちや政府のエージェントよりも大変だったのだろうなと思ったりする。

 

 

さくらまつりのイベントということで、騎馬に乗った武士姿の人が場を盛り上げてくださっていた。

 

こうやって見ると、ロードバイクに乗ることを「ライド」と呼ぶ理由が分かる気がする。

 

この格好でエンデューロやブルベに行ったら大変だが、合戦になったらそれどころではない距離を走ったのだろうし、とても大変なライドだったのだと思う。

 

 

 

往復100kmを超えるライドでは、何かを食べていないとハンガーノックになって倒れることがある。

 

あんこたっぷりの大判焼きを二つほど購入。

 

 

この大判焼きは、本当に美味しい。

 

しばらくすると、まつり会場の中を野田市立関宿小学校の小学生たちのブラスバンドが行進してきた。

 

素晴らしい演奏だった。

 

奏でていた曲は、「さんぽ」。

 

「歩こう 歩こう わたしは元気 歩くの大好き どんどん行こう」という前向きな歌詞から始まる「となりのトトロ」のイメージソングだ。

 

何だか感動して涙が出た。

 

夫婦共働きの子育てで疲れている全ての父親たちに聞かせたい。

  

 

帰りは江戸川沿いの左岸を走る。

 

この道は、たくさんの父親たちが通った道なのだろう。

 

 

千葉県の湾岸エリアが見えてきた。自分の家族が待っている場所。

 

人が多くて疲れるけれど、活気があって楽しい場所。

 

ああ、そうそう。

 

HDをご紹介くださったチネリ乗りのお父さんに伝えよう。

 

お子さんが小学校に入学したら、一緒に桜を見ながら関宿城まで走りに行こう。

 

大して長い時間じゃないから。

 

あと、もう少しだよ。