通販で届いた自転車用のワイヤーロックが、閉ざされた記憶の鍵を開ける

 

夜遅くに仕事から帰ったら、Amazonで注文しておいた商品が届いていた。

 

我が家でよくある光景。

 

最近ではメインで使っているクロモリロードバイクと、スペアとして使っているカーボンロードバイクのチューンナップが落ち着いたので、車体そのものについての物欲がなくなってきた。

 

本来なら、カーボンがメインで、クロモリは街乗りなのだろうけれど、自分としてはクロモリロードバイクのシルエットと、鉄独特の深みのある走り心地や肌触り、そして地面から全身に伝わる心地良い振動が好きだ。

 

クロモリロードバイクのコンポーネントを新型のR8000系に換装して、1万kmくらいを走ったところで、もはや何も変える必要がないなと思った。

 

あとは消耗品の交換と、自分自身の筋力アップとダイエットくらいだろうか。

 

しかし、通販でサイクル用品が届くと楽しくてストレス解消にもなるので、面白そうなウェアやバッグ、小物、プロテクターといったサイクル用品をポチポチとクリックして注文していたりする。

 

子供たちの学習塾代や私立中学の入学金や授業料を考えると、趣味にお金を使い過ぎることは良くないので、まあ程々に。

 

サイクル用品を買って妻から叱られたことはなくて、夫の心身の健康を維持する上での必要経費という位置づけなのだろう。

 

サイクル用品というのはとても面白くて、最近のシマノのコンポーネントやパールイズミのウェアなどは、すでに完成形に近づいていて、もはや文句の付けどころがなくなってきた。

 

ところが、その他のサイクル製品の場合には、サイスポやワイズ、ワーサイのサイトの記事を信じて買ってみて「あ、あれ?」という感じになる製品も多々ある。

 

いい歳をこいたオッサンなので思った通りの製品でなくても怒るつもりはなくて、まさに漫才のノリツッコミのように自らの不甲斐なさを笑い飛ばすことも楽しかったりする。

 

たぶん、全てのサイクル用品が、シマノやパールイズミのように洗練されていたら、サイクルライフは思ったより退屈なものになってしまうかもしれない。

 

そして、遅めの夕飯をとった後、Amazonの段ボール箱を開けてみた。

 

箱の中から出てきたのはシダスというメーカーのサイクリング用のインソール。要は靴の中敷きだ。すでに3回目くらいの購入で特に新鮮味もないが、これがないと自分のロードバイク生活は続かないくらいに大切なものだ。

 

サイクリングシューズの中敷きなんてどれも同じだろと感じるかもしれないが、シダスのインソールは踵から土踏まずを固定するデザインになっていて、脚の裏全体でペダルを踏んでいるような感じになる。

 

様々な箇所に強化プラスチック部品がアッセンブルされ重厚な作りになっていて、それだけでエントリーグレードのシューズが買えてしまうくらいに価格が高いのだけれど、履き続けていれば普通の中敷きと同じように臭うので消臭機能は強化されていないようだ。

 

これを使って足裏の痛みが減ったとか、ペダリングの際のダイレクト感が増えたとか、アンクリングを防ぐことができたとか、そういった経験談は色々ある。

 

自分の感想としては、カーボンソールのビンディングシューズにシダスのインソールを取り付けて思いっきり踏み込むと、脚の出力がそのままペダルに伝わって、グイグイと前に進む感じがある。

 

母指球でペダルを踏むという感じではなくて、足の先がクランクになっているような一体感がたまらない。

 

しかし、脚の力が逃げない分、あまり負荷をかけて走り続けると、太腿やふくらはぎがパンパンに張ったりもするが、このマッチョな気持ちも心地良い。

 

普通の中敷きと比べると相当にタフなので、一度買うと1~2年は何も問題なく使えるし、たぶん販売され続けている限りは使い続けることだろう。

 

次に箱から出てきたのが、SUPER Bのペンチ型タイヤレバー。コンチネンタルのような硬めのクリンチャータイヤでも難なく交換できることに感動して、スペアとして注文することにした。

 

ペンチ型のタイヤレバーというよりも、レバーとしても使えるタイヤペンチという解釈の方が適切かもしれなくて、サドルバッグやツールボトルに入れるとかさばるけれど、この製品は素晴らしい。

 

そして、パンドラの箱ならば希望が残っているはずだけれど、Amazonの箱の中には自転車用のワイヤーロックが残った。

 

ロードバイク通勤の際、前後のホイールとフレームまでまとめて地球ロックしようと思い、直径が1cmで、長さが2mくらいある長めのワイヤーロックを注文しておいた。

 

プロの窃盗犯にかかれば一瞬でワイヤーを切られるかもしれないが、窃盗犯が職場の駐輪場に入ってこないと思うし、通勤の途中にコンビニでトイレを借りたり、昼飯を買うくらいなら大丈夫なスペックだと思った。

 

このワイヤー自体にロック機能はなくて、ワイヤーの両端が輪になっている。自転車などに巻き付けた後、両端の輪にU字ロックや南京錠を通して鍵をかけるタイプだ。

 

包装時にクルクルと丸められたワイヤーの表面には樹脂製のコーティングがなされていて、とても滑らかだ。

 

固定していたタイラップを切って、ワイヤーを伸ばしてみる。千円くらいの値段の割に、とても仕上がりが良くて使い勝手が良さそうだ。

 

しかし、樹脂製のコーティングから透けて見える細かなワイヤーの鉄線と、どう考えても外れないような両端の輪を見て、自分の手が止まった。

 

もはや、ワイヤーロックを手に取っている気分ではなくて、床の上にそれを置き、腕組みをして気分を落ち着ける。

 

一体、何が起こったのか?

 

冷や汗を流すほどではないけれど、心臓がいつもより速く拍動していることを実感できる。再び手を伸ばしてワイヤーロックを手に取ろうとしたけれど、手が前に向かって伸びない。

 

自転車のワイヤーロックだ。ただの鍵だ。どうして自分はこんなに緊張しているのだろう。不思議だ。

 

自分は、ワイヤーそのものが怖いわけではないと思う。こう、輪になった太い紐状の何かを怖れている。

 

動物的な本能として...例えばヘビを怖れるから太い紐状のものが怖いというのであれば話は早い。しかし、自分は野山や動物園でヘビを見ても特に気にしない。頭の上から落ちてきたら驚くけれど、それだって普通の人の感覚だろう。

 

仕事と共働きの子育て、そして長時間の通勤で精神的に疲れているからだろうか。しかし、職場で定期的に実施されるメンタルチェックはパスしているわけだし、それならば特定の物だけに反応するのもおかしい。

 

となると、自分の脳の中に普段は取り出せない何かの深層心理があって、それが恐怖として湧き上がってきているのだろうか。

 

ミステリー小説ならば楽しめる話だが、自分のことなので楽しめない。

 

この恐怖心は生まれつきのものなのか? それとも、今まで生きてきた中で頭に記憶した情報なのか?

 

この恐怖心が後天的に刻まれた記憶であるとするならば、一体、どの時期に残った記憶で、どうして思い出せないのだろうか?

 

とにかく、買ったばかりで一度も使っていないのでメーカーの人たちには気の毒だけれど、このワイヤーロックを燃えないゴミの袋に入れてベランダに出した。

 

これは不思議だぞと思って、休日に近くのホームセンターに行ってロープなどを眺めてみた。やはり、太い紐状の何かに自分が反応して心拍数が上がってくる。

 

不思議だ。自分の中に何がいるんだろう。

 

思い出そうとしても何かが止めようとする。

 

その日からしばらくの間、自分が太い紐状の何かを怖れている理由を考えることが通勤時のテーマになった。

 

自分が生まれてから、今のようなオッサンになるまでに太い紐状の何かを見かけることはなかっただろうか。それによって記憶にフタが乗るくらいに衝撃を受けたことはないだろうか。

 

妻が出産する時に目にした臍の緒か? いや、臍の緒は我が子の命を繋ぎ続けた大切な存在で、むしろ神々しい感じがした。

 

そうではなくて、これ以上は思い出してはいけないような黒くて重圧的な、それでいて静電気を帯びたようなピリピリした記憶が頭の中にある。

 

まあ、四十路のオッサンになれば、思い出したくもないことなんて一つや二つどころか、もっとたくさんある。けれど、今を生きている中で、大切なことだから思い出すべきだという自分の気持ちもうっすらと感じる。

 

とある日のこと。深夜残業が続き、妻や子供たちとゆっくりと話をすることができない日々が続いて、自分はとても悲しい気持ちになった。

 

自分は家庭に戻って仕事の話をしない、というか話をすることができないので、妻や子供たちから見れば、自分は忙しそうに働いて、疲れて帰ってきて、家事や育児が不十分な父親に見えることだろう。いや、まさしくその通り。

 

自分は飲み屋に通うこともなく、パチンコや競馬もやらないし、風俗にも行かないし、浮気もしていないし、借金もない。

 

毎日、コツコツと働いて、浦安市の新町に住むことができる程度にはお金を稼いで、子供たちを養っているつもりでいる。ロードバイクを趣味にしているけれど、これだって健康維持のために乗っている側面が大きい。

 

家事や育児が足りないのは分かっているけれど、浦安という妻の故郷に引っ越してきて、毎日の通勤時間が3時間を超えるような状態で、仕事で着実に成果を挙げて、家庭のことも全力でこなすだけの余裕がない。

 

しかも、妻の実家が近くにあって、義父母に助けてもらって感謝することもあるけれど、自分だけがアウェイになっている感が否めない。

 

妻は自分と夫婦になって家庭をもったけれど、ガッチリした夫婦の絆というよりも、ガッチリした義実家の絆を感じる。

 

妻の実家の近くに住むことになった男たちならよくある感情かもしれない。

 

けれど、義実家の近くに引っ越したからこそ、今の家庭の状態を維持できているわけだし、妻や子供たちも浦安での生活に満足している。

 

自分としても、この街での生活はとても暮らしやすくて良いと思う。義実家はともかく、この地獄のような通勤がなければ。

 

色々と考えても仕方がない。

 

仕事が忙しく、通勤時間も長い状態では、家庭との関りが足りなくて、妻や子供たちが不満に感じるということは承知している。

 

夫であり父親である自分の立ち位置は子供たちが育ってくるにつれて薄くなってきた。

 

妻の発言力はかなり大きくなり、自分が家庭において何かを提案してもほとんど通らない。

 

そして、自分は無口になる。

 

提案が却下されてイラつくよりも、最初から話をしない方が楽だから。

 

亭主関白になりたいわけではないが、父親が倒れたら家庭の現状を維持することが困難になる。

 

私立中学どころか学習塾さえ通えるかどうか分からなくなるのに、ちと扱いが軽くないか? ある程度は父親をリスペクトすることも大切なんじゃないか?

 

父親は仕事で金を稼いで、家事もやろう、育児もやろうという風潮かもしれないが、それって、本当に当たり前のことなのか? 父親に対して、心身ともにかなり大きな負荷がかかることを実感しているけれど。

 

それは強気な主張ではなくて、むしろ弱気とも言える主張。

 

家庭ができると自分は一人ではないと心強く感じることはある。しかし、子供たちどころか妻でさえ理解できない夫の心情というものは確かにあって、結局のところ、家庭があっても父親は孤独な存在なのだなと思ったりもする。

 

まるで、はるか彼方まで続くレールの上を、大きな荷物を背負って懸命に歩き続けているような感覚さえある。

 

しかも、それが当然だと信じて、誰からも励まされることなく。

 

そういった父親的な考えに対して母親から突っ込みがくることは当然だけれど、様々な家庭があるのだから一つの結論にたどり着くこともないと思う。

 

ただ、世の中には仕事と家庭で疲れ果てて自らを追い込んでしまう父親たち、もしくは追い込まれていく父親たちがたくさんいて、体調を崩して倒れた時でさえ、家族が本当の辛さを分かってあげられない時だってあるのではないだろうか。

 

母親に対する子育て支援さえ十分ではないと感じる現在、父親に対する子育て支援が十分とは思えないし、一体、何をすれば父親に対する子育て支援になるのかも分からない。

 

「うつ 主夫」というキーワードで検索すれば、ぞっとするくらいに多くのブログがヒットする。職場で働けなくなって休職して、復帰できずに退職した父親たちが多い。

 

そして、アフィリエイトブログで小銭を稼いでいる父親たち。ブログの最初にアイキャッチを目的とした安っぽい画像を貼り付けて、全体を小見出しで区切って、プロフィール欄に生い立ちを書き込んで。

 

ブログのテーマはガジェットだとか、投資だとか。ご丁寧にそれぞれのエントリーの最後に「まとめ」まで用意したり。

 

どうして、このようなステレオタイプなブログが並ぶのかというと、そういった書き方をすることでアクセス数が高まると広めている人たちがいるからなのだろう。

 

働けなくなったとしても、せめて自分の小遣いくらいはなんとか手に入れたいという気持ちは、決して情けなくはなくて、先の見えない苦しみの中で懸命に生きようとしている姿だと思う。

 

彼らは人生をさぼってきたわけでも、誰かに悪いことをやってきたわけでもない。真面目に働いて、真面目に生きてきただけだ。

 

それなのに、どうしてこんなに辛い目に遭わなくてはならないのだろう。

 

本当に心が疲れた時には、手書きの日記の方がリラックスできると思うし、ストレスがかかるネットは逆効果だと思う。

 

アフィリエイトブログで儲けるなんて、ツルハシビジネスで稼ごうとしている輩の売り文句でしかなくて、それに乗っかっているだけなのに。

 

素になって考えれば分かることだ。本当にアフィリエイトブログが儲かるのなら、自分なら黙ってアフィリエイトブログをたくさん書くことだろう。

 

そのノウハウを他者に紹介して金を取るということは、即ち、それだけでは金にならなくて、「これをやれば儲かるよ」と喧伝しているだけじゃないか。

 

心の中をフラットにして、そういったことを広めている人たちの顔つきを見れば分かる。どのような表情なのか?

 

心が疲れた時にはネットから距離を置いて療養に専念した方が復帰は早いのではないかと思うし、ツルハシビジネスに騙されている人たちのブログを目にすると、とても気の毒な気持ちになる。

 

・・・・

 

もしかして、自分が太い紐状の何かを怖れている理由を知るためのキーワードは「父親」なのだろうか。

 

だとすれば、この恐怖心は、自分が父親に育てられていた時、つまり自分が子供だった頃に生まれたのではないかという仮説を立てることができる。

 

しかも、ここまで記憶をたどろうとしても思い出せないということは、それらの記憶は思い出せないところにあるのではなくて、自分がすでに思い出せる状態にあるのではないか。

 

ただし、それらの記憶は断片化されていて、一つの意味を持たなくなっているのではないか。どうしてそのような状態になったのかと推察すれば、自分にとって苦しいとか、恐いとか、そういった記憶だったからではないか。

 

そして、自分はどうしてその記憶を取り戻そうとしているのか。

 

子供の頃に見た実父の姿を思い出す。彼は自営業でたくさんの子供たちを育てていた頑固な親父で、よく拳骨が飛んできた。

 

自分は彼のような父親になりたくないと子供の頃から思ったけれど、不思議と格言めいた教育があって、今でも参考になる。

 

子育てをしていた頃の実父の姿を思い出してみる。自分が辛いと感じたこと、苦しいと感じたことはなかっただろうか?

 

そういえば、年末もしくは季節の変わり目が近づくにつれて、喪服に着替えた実父が、酷く疲れた表情で通夜や葬式に行って帰ってくることがあった。

 

当時、自営業や中小企業の経営で生計を立てている人たちの中には、経営が行き詰り、もはや返済の見込みがないくらいに借金がかさんで苦しんでいることがよくあった。

 

実父はそういった人たちの末路を、まだ小学生だった頃の自分に隠さずにそのまま伝えた。我が子に社会の厳しさを教えようとしたのかもしれないし、彼自身が怖かったのかもしれない。

 

そういった人たちが苦しみ抜いた後にたどり着く道は三つくらいあった。

 

一つは、借金の返済ができないことを法的に証明して、その場で生き抜くこと。

 

ただし、地方の田舎町での生活には非常にディープな人間関係があって家族を含めて追い込まれるわけで、そういったケースを耳にしたことはほとんどなかった。

 

もう一つは、一家で他の街に移り住むこと。いわゆる夜逃げ。夜の間に荷物をまとめて、もしくは生活している状況を残したまま、どこかに引っ越してしまうわけだ。

 

しかし、古くからその土地で住んできた人たちが多いので、残された親戚のことを考えると難しい。なので、このケースもあまり聞いたことがなかった。

 

最後に、とても多かったのは、自営業の事業主、もしくは中小企業の社長が自殺すること。自身に多額の保険金をかけておいて、首を吊ったり、車で崖から落ちたり。

 

実父が喪服を着て酷く疲れた表情で帰宅すると、彼が口を開く前に状況を察することができるくらいに自殺が多かった。毎年のように誰かが亡くなっていて、自分が聞いた限りは40代から50代の父親たちだった。

 

田舎の人間関係はタイトなので、亡くなったお父さんと生前に顔を合わせたこともあるし、子供たちは同じ学校だったりするわけで、心に突き刺さるような現実がそこにあった。

 

実父としても明日は我が身だと大なり小なりプレッシャーを感じていたことだろうし、小学生だった頃の自分も辛く感じた。自分の家庭で同じことが起きたらと思うと不安で仕方がなかった。

 

どんな家庭だって、父親というのは子供たちの大切な存在だ。毎日頑張って働いてくれているのに、どうして病気でもないのに死ななくちゃいけないんだろう、世の中は不条理だと思った。

 

当時から自分は神経質で...今ではHSPと呼ばれるのだろうか...感受性が強かったので、喪服姿の実父を見かけるたびに緊張した。

 

同時に、毎日、実母が作ってくれる料理。温かい風呂や布団。昨日と変わらない今日を過ごして、今日と変わらない明日が来ることを幸せに感じることもあった。

 

自分がどうして太い紐状の何かを怖れるのかを思い出した。

 

子供の頃に実父が話した首吊り自殺のロープ。その記憶が脳裏に刻み込まれたのだろう。

 

記憶に蓋をしようとした時期も思い出した。

 

一時期、実父の仕事が厳しくなって、彼がとても疲れていた時だ。

 

夜、あまり酒を飲めないのにきついウィスキーを喉に流し込み、強い煙草を吸い、子供から見ても話しかけられないような状態だった。

 

そして、とある日のこと。実父は泊りがけで釣りに行くと言い出して、車に乗って外出してしまった。実父の趣味は釣りではなかったし、仕事だけで精一杯だった。

 

数日後、実父は何だか吹っ切れた表情で帰宅したが、帰ってくるまでの間、自分はとても不安な気持ちで彼の帰りを待った。

 

今から振り返ると、実父は、生き続けるかどうかを一人になって考えたかったのかもしれない。

 

その数日間で実父は以前から考えていた事業に方向を変えることを選択し、結果、色々と大変だったけれど、自分は大学で学ぶこともできたし、こうやって子供たちを育てている。

 

実父には祖父から引き継いだ大きな借金があって、地道に働いて返そうとしていたことを知ったのは、自分が高校生になった頃のことだったろうか。

 

今から振り返ると、実父はとても大きなプレッシャーの中で自分たちを育てていたのだなと思うし、祖父の馬鹿さ加減を実感したりもする。

 

けれど、実父の父親としての生き方を客観的に見たり、感謝したり、尊敬するようになったのは、自分が実際に父親になってからの話だ。

 

子供の頃は、頑固で、厳しくて、融通が利かなくて、神経質な父親という感じで、あまり好きにはなれなかったから。

 

そう考えると、自分が父親としてどう生きたのかを子供が知る時期というのは、孫が生まれた頃か、墓に入った頃か。それくらいに長いレベルの話なのだなと。

 

今、自分は父親の背中を見つめる子供ではなくて、子供を育てる父親になった。とても辛く悲しいことではあるけれど、家族を守ろうとして命を絶った父親たちの気持ちが分かる気がする。

 

悲劇が起こる前で、どこかで自殺を止めることができなかったのか。

 

自分としては、家族に不安や悲しみを与えることなく、父親として生き抜かねばと思う。

 

独身時代は簡単なことだと思っていたけれど、平凡な毎日を維持するだけでも大変なことだ。

 

とりわけ、家庭における経済的な苦しみというのは、父親にとって大きな精神的重圧になる。回避しようとしても回避できないこともある。

 

経営者だけではなくて、企業人であったとしても、また過去の話ではなくて、現在であったとしても。

 

業績悪化やリストラ、パワハラ、過重労働などによって職を失ったり、倒れてしまう父親がどれだけいることだろう。

 

真面目に生きてきただけなのに苦難がやってくることはよくある。

 

しかし、どのような職種であったとしても、地道に働いて子供たちを養うことが父親の本質なのではないかと思う。

 

いや、その考えは不完全だ。

 

時に、傷つき、倒れ、打ちのめされたとしても、時に、自分から見て無様な状態であったとしても、そこで踏み止まって、生き続けること。それだけでも父親としての大きな意味があると思う。

 

自分が太いロープやワイヤーを見て恐怖を感じることは、建設業などのお父さんたちから見ると情けなく感じるかもしれない。

 

なんて無様な男だ。けれど、自分自身から見ると情けなくは感じない。

 

むしろ、自分を育ててくれた時の実父の気持ちを知り、父親として生きることの責任の大きさと怖さを実感する。

 

自信満々で生きられれば幸せなことだけれど、辛い時期が来た時にどうやって乗り越えるのか。

 

「俺は鬱病になんてならないぜ!」とか「うつになるやつなんて心が弱いんだよ」なんて言っている人であっても、心の疲れが黒い霧のように背中に張り付いてきて、突然、ガクッとメンタルを引っこ抜かれて倒れることはあるわけだし、そういったリスクを最初から理解していれば重篤化する前に対処できることもある。

 

強く生きようとか、楽しんで生きようとか、そういったフレーズを目にしたり耳にするけれど、必ずしも無理をしてポジティブになる必要はなくて、学ぶことは学んで、感謝することは感謝して、コツコツと地道に生きることが大切なのかもしれない。

 

また、自分が子供だった頃のような生活を子供たちに味合わせたくないと信じてここまでやってきたけれど、それが当たり前だと思うような子供になるのではなくて、少しは父親をリスペクトしてほしい。

 

と思ったが、そろそろ上の子供は思春期か。

 

「お父さんなんて、大嫌いだ!」というよくあるパターンに突入することだろう。

 

それと、これでようやく恐怖を感じる自身の深層心理を理解したような...気になっているが、何か重いものが残っている。他にも封印している記憶があるということか?

 

色々と悩んだって始まらない。

 

まあとにかく、コツコツと地道に働こう。