お父さんはサーバント: 細かすぎて市役所の中の人たちにしか伝わらない物語を書き続ける ②

 

 前回からの続き。

 

お父さんはサーバント: 細かすぎて市役所の中の人たちにしか伝わらない物語を書き続ける ①

 

現況:

日本のとある市役所の人から「細かすぎておもしろいです! 連載、がんばってください!」というメッセージが届いた。

 

小柳課長補佐は大泉洋さん、君島主任は鈴木亮平さん、熊田は柄本時生さん、笹本は吉沢亮さん、高橋係長は佐々木蔵之介さん、草川課長補佐は西島秀俊さん、鈴石主任は岡田准一さん、北村主任は黒縁眼鏡をかけた真木よう子さん、総務部長は遠藤憲一さん、都市整備部長は高橋ひとみさん、市長は舘ひろしさん、副市長は水谷豊さんをイメージして書く。

 


 

※ この物語に登場する人物、機関、担当課などの設定は、あくまでフィクションです。実際の市長や副市長、市役所の職員さんたちとは関係がありません。

 

登場人物の発言は実際の市職員の意見ではありません。「市役所の人たちの気持ちって、たぶん、こんな感じかな...」と地域住民が想像しているだけにすぎません。

 

ストーリーの中に、実際に行政が公開しているオープンデータを用いることがありますが、その場合にはその旨を記載します。浦安市のことに関心があれば、市のウェブサイトなどで確認してください。 

 


第三話: 現地パトロール


 

浦安市役所の玄関前。明日の超大型台風の上陸に備えて公用車(浦安カー)に乗って市内のパトロールに向かう道路整備課の課長補佐の草川と主任の鈴石。

 

草川: よし、そろそろ行こうか。

 

鈴石: はい。でも、どうして草川さんがパトロールに? 課長補佐はデスクで指示を出してくださった方が...

 

草川:はは、私はデスクワークが苦手でね。市民の姿を見ないと仕事をしている実感がないんだよ。ほら、補佐でも現場に出て市内の状況を確認しておいた方が、非常時に具体的な指示が出せるだろ? それにしても暑いな。駐車場まで歩くだけで汗が噴き出てくる。とにかく乗ろう。公用車の運転は頼む。バタンッ

 

鈴石: はい。バタンッ

 

草川: ・・・・

 

鈴石: ・・・・

 

草川: 明日の台風、どこまでの被害があるのか分からないところが多いが、私たちとしては市の職員としてできる限り努力しよう。

 

鈴石: ・・・・

 

草川: 鈴石君...どうした? 以前、浦安市が所有する公用車の定期点検漏れがあったが、車検は通っている。この日産の車は整備が済んでいるから大丈夫だよ。鈴石君?

 

鈴石: は、はいっ! すみません...考えごとをしていました。台風の話ですよね。浦安市としては水害ハザードマップを作成していますし、ある程度は想定できているのではないでしょうか。

 

草川: 今回の台風は暴風だけでなく大雨が予想されている。洪水のリスク、内水のリスク、高潮のリスク。ウォーターフロントなので仕方がない話だが... 江戸川や旧江戸川が氾濫して洪水が起きた時には、どれだけ迅速に市民の避難を誘導し、安全と安心を確保できるか。それが私たちの仕事になるだろうな。

 

鈴石: 内水の場合には、どうなんでしょう。水害ハザードマップの予想通りに冠水が起こるのでしょうか。

 

草川: 浦安市がオープンデータとして公開している水害ハザードマップには、洪水のマップと内水のマップが掲載されていたな。

 

鈴石: 高潮のハザードマップが含まれていないのはどうしてなのでしょう? 不完全ではないでしょうか?

 

草川: 防災課が凍るような質問だな。高潮の場合には台風の規模やルート、降雨量などのパラメーターが多すぎて、シミュレーションが難しいからだろうな。県のレベル、国のレベルの話になるのかもしれない。数理学を専門にしている市職員がいれば話が別だが。

 

鈴石: 内水の氾濫についても、このハザードマップ通りになるのでしょうか? 降水量によって浸水の度合いが違うと思うのです。

 

草川: どの程度の内水を想定するか、それはなかなか難しいことではあるな...あまりに甚大なダメージを想定すれば市民が不安になるかもしれない。一方、あまりに想定を軽くした場合には、実際に被害が起きた時の対応が後手になるかもしれない。

 

鈴石: そうなんですよね...

 

草川: ハザードマップだって、市民から見れば数枚の地図でしかないかもしれない。しかし、これだって大変な仕事なんだよ。市内の情報をまとめて、何度も何度も話し合って。

 

鈴石: しかし、僕が入庁した頃、浦安市はあまりオープンデータに熱心ではなかったと思うのです。この市の姿勢は大切ですね。

 

草川: 行政の情報をできるだけネットで公開し、二次利用を制限しないという取り組みであるオープンデータ。オープンデータを理解できていない市職員は、すでに時代遅れな受け取られ方になってきた感があるな。しかし、私にはどうしても納得できないことがあるんだ。大切な取り組みだとは感じるが、企業がこれらのオープンデータを活用して、本当に街が良くなり、経済が活性化されるのだろうか。また、浦安市内に、オープンデータを上手く活用して、行政にフィードバックできる人たちが、どれくらい住んでいるのだろうか。

 

鈴石: 私も同感です。私は理工系ですからICTに詳しい方だと思います。市民の知識や経験という話ではなく、この街の行政についてどれだけの関心があるのかなと。関心がなかったら、いくらデータをオープンにしても効果が薄いように感じます。オープンデータにアクセスするどころか、その存在さえ気にしない状態になってはいないでしょうか。

 

草川: それに加えて、心配なことがある。団塊世代を中心としたシニアの方々は、大なり小なり意見がはっきりしているだろ?「この役人が!」と厳しいツッコミがやってくる時があるが、言ってくれるからこそ気付くことができる時もあるんだよ。

 

鈴石: あまりガツンと言われると、私としてはへこんでしまう時がありますが...

 

草川: ははは。彼ら彼女らは物言いが厳しくて、ディベートになるととても強力な時があるよね。ただ、きちんと話を聞いてみると正論だったり、一理あることがあって勉強になるんだよ。最初は反論せずに意見に耳を傾けて、役人っぽく接しないことが大切だよ。きちんと目をみて話すこと、メモを手にして意見を書き込むこと、言質を取られたくないなら「勉強になります」と答えること。自分たちが敵ではないということを示して、謙虚になることが大切なんだと思う。

 

鈴石:なるほど、勉強になります。

 

草川: そう、その調子。しかし、私が懸念しているのは、もっと将来の浦安の姿なんだよ。市民が若くなればなるにつれて、市民と市役所との距離が遠くなっているような。市民からの突っ込みはマイルドなのだが、何を感じているのかが分かりづらい。また、若い市職員になればなるにつれて、市職員という役割を職業の一つと割り切ってしまっているような気がする。

 

鈴石: たしかに市の業務について熱くなって上司と喧嘩するような若手職員は見なくなりましたね...

 

草川: 私としては、顔と顔、声と声を合わせた交流を大切にしたいのだが、市役所のカウンターよりもずっと大きな心の壁のような何かを感じるんだ。市としては、広報誌を配ったり、書面でアンケートをとったり、市のイベントなどを開催したり、出来る限り市民との交流をはかっているのだが、どうすればよいのだろうか...結局、私は古い人間なのかもしれないな。

 

鈴石: 昔ながらのやり方だって大切ですよ。草川さんは、市民の気持ちを大切にしていて、私は尊敬しています。市民が怒鳴り込んできても、丁寧に話を聞いて、話し合って、最後は納得してもらっているじゃないですか。市民から街の不具合の電話があれば、すぐに現場を確認して、担当課と話し合って、折り返し電話して。市役所と市民との絆は、そういった地道な取り組みで深まると思います。

 

草川: そう言ってもらえるとうれしいよ。さて、浦安は小さな街だから、まずは元町の方を確認してこよう。

 

鈴石: ハザードマップは、1時間あたり最大114mmの集中豪雨があって、下水道の雨水管から水が街にあふれかえった場合を想定してるんですよね。

 

草川: 浦安の元町地域の場合には、猫実地区を中心として、堀江地区や当代島地区も浸水が生じるようだ。ただ、ハザードマップにも書かれているように、浸水の予想というのは非常に難しい。降水量だって色々な場合があることだろうし、雨が降る時間も違う。非常に局所的な話の場合には、家の前の雨水管への入り口が詰まっていたというだけでも、水が排水できなくて大きな水溜りができることがあるかもしれない。

 

鈴石: 市としては、1時間で50mmの大雨を想定して、内水氾濫を防ぐための雨水管や排水機場などを整備していますよね。これだけコンパクトな街でも、降水量に応じて対策を考えるのは至難の業と言いますか...

 

草川: しかし、諦めてばかりもいられない。市民を守り、街を守ることが、私たちの仕事だからな。私たちは最後まで諦めるわけにはいかない。次は、中町地域をパトロールしてみよう。

 

鈴石: 元町のほかにも、中町エリアの入船地区、富岡地区、それと舞浜地区の浸水の程度も大きそうですね。

 

草川: 最近では舞浜地区で冠水が発生していて、市としても対応を進めている。しかし、水害ハザードマップだけを見ると、舞浜地区の被害は小さいようにも思える。それが内水氾濫の想定の難しさでもあるのだろう。

 

鈴石: 液状化によって新浦安の地下に張り巡らされた雨水管がどの程度のダメージを受けているのか。もちろん市としても調査や点検を行っているのですが、小さい街だと思っていても、やはり広いですよね。そうそう、私には気になることがあるんです。

 

草川: 中町と新町の間の旧堤防のことか? 埋め立て工事によって新町が生まれる前、この防潮堤から先は海だったな。

 

鈴石: はい。入船地区の4丁目の付近から今川地区を過ぎて鉄鋼団地までの場所です。市内全体を見ると最も激しいわけではないですが、浸水が帯状になっていますよね。この浸水のパターンって、どうして起こるのかなって。

 

草川: 興味深いところに気が付いたな。

 

鈴石: ありがとうございます。旧堤防というのは、現在では堤防として機能していなくて、過去の遺物になっていると思うのです。それでしたら、旧堤防を撤去して、その下に大きな貯留施設を建設するのはどうでしょうか。このエリアに水が集まってくるのであれば、逆に地域の内水氾濫を防ぐ上で好都合ではないでしょうか。帯状の貯留施設を作れば、雨水を溜める上では大容量になると思うんです。しかし...

 

草川: どうした? 旧防潮堤は千葉県が管理していて、浦安市の判断では実施が難しいということかな? 

 

鈴石: はい...

 

草川: 一つの仮説を考える時、その仮説の妨げとなる要素を抜いて先に論理を進めるというのは、とても大切なことなんだよ。おっと、そこで車を停めてくれるかな。

 

鈴石: はい。

 

草川: この看板は傾いていて、強風で飛ぶかもしれない。課に連絡だな。「もしもし、草川です。シンボルロード沿いの...はい、その看板です。固定もしくは撤去してもらえますか?」

 

鈴石:・・・・

 

草川: さて、話の途中だったな。新町の埋め立ての後も残っている旧防潮堤。それを水害対策に使うのか?

 

鈴石: はい。旧防潮堤の利用価値としては、その立地にあります。中町と新町の間にあって、今は使われていません。コンクリートを撤去する上でコストがかかると思いますが、既存の道路や施設の下を掘って貯留施設を作るよりも市民の生活への影響が小さいと思います。

 

草川: なるほどな。では、立地の良さとは、それだけか?

 

鈴石: いえ、このゾーンは帯状になっていますが、その片端が見明川、反対側の端が三番瀬に繋がっています。この両端にポンプで排水できるような能動的なゲートを建設した場合、雨水の貯留設備ではありますが、必要に応じて雨水を排水することができるのではないかと。

 

草川: かなりの大工事だが、そういったアイデアが花開く時がある。市職員のアイデアを集めてデータベースをつくっておいた方がいいな。

 

鈴石: しかし、それは無理だなと。浦安市ではなくて千葉県が旧防潮堤を管理しているとなると、市の判断で撤去するわけにも...

 

草川: あくまで私が理解している限りでは、千葉県が頑なに旧堤防を残すように意地を張っているとは思えないんだ。千葉大学時代の同期は県庁にも勤めているが、県だから偉いという考えはあまり感じられなくて、むしろ実行するための予算がないという切実な気持ちを感じた。千葉県としては、使わない堤防を無理して残せと言っているわけではなくて、市内でも旧堤防が市民の生活の妨げになっているような箇所では、市が県と協議してその一部を撤去しているだろ?

 

鈴石: ああ、確かにそうですね。

 

草川: 旧堤防が過去の遺物だったとしても、市民の中には旧堤防を必要だと思っている人がいる。あの高さの堤防で潮風を防ぐことができるのかどうか分からないが、それを理由に旧堤防の維持を求める市民だっておられる。潮風というのは主張のための根拠に過ぎなくて、結局のところ、その景観が気に入っていて変わってほしくないというお気持ちなのかもしれない。それだって大切な根拠だよ。そして、市と市民の意見が一致すれば県に要望することは楽だが、市民の中に様々な意見がある時、県に強く要望することは難しいと私は思う。

 

鈴石: 市民感情もありますが、水害対策の予算としても厳しいところがありますよね。

 

草川: まあな。市の関係者は市民に対して、「莫大な予算」という表現をするが、本来ならばある程度の額をきちんと認識しておく必要があると思う。莫大なんて抽象的な説明は不十分だからな。

 

鈴石: 浦安市の一般会計は約709億円ですよね。市議会でも質問があって部長が答弁しましたが、老朽化もしくは液状化でダメージを受けている雨水管の入れ替え工事だけで約49億円がかかります。老朽化したポンプ場などの整備で約88億円、貯留施設の設置で約267億円。これらを合わせると約404億円だったかと。

 

草川: さすが鈴石君だな。さらに、内水にも関係するが、高潮の対策のために境川河口に設備を用意すると、さらに130億円弱の予算が必要になるだろ。

 

鈴石: 境川河口に水門を設置して排水設備を設置するためには、約127億円がかかるようです。この予算のうち、水門を建設するだけで約55億円。さきほどの約404億円と合算すると約531億円。とてもじゃないですが市の財源でフォローできるような金額ではないですよ。

 

草川: しかし、そういった水害対策を実施しなかった場合には、もっと大きな被害が試算されているだろ?

 

鈴石: 国交省のマニュアルに従って計算すると、被害総額は792億円程度だったかと思います。

 

草川: 792億円の被害が出るかもしれないから、531億円のお金で何とか対策しましょうという話になって、その事業費を市から捻出できるかどうか。不可能だろうな。明らかに市のキャパシティを超えてしまっている。例えば、ほら、飛躍してしまって申し訳ないが、日経デュアルで発表された「共働き子育てしやすい街2016 総合ランキング」で、浦安市が全国1位になったことがあった。

 

鈴石: 「東京を除いて」という条件がありましたが、東京を含めても全国で5位に入りましたよね。

 

草川: 子育て支援の事業の柱となったのは、少子化対策基金だが、10年間で30億円くらいの規模だったわけだ。つまり、年割にすると3億円。当時のこども部ならびに子育てに関係する方々の尽力の成果ではあるが、それだけの規模の予算があることで、市の保育の環境をより良くするための大きな力になったのだろう。また、市の行政は水害対策だけにあらず。教育、施設、保育、高齢者福祉、その他、たくさんのことに予算を割く必要がある。その上で考えると、531億円というのは市のレベルで考えると途方もない数字だな。

 

鈴石: 3億円の予算を捻出することだって大変なことですが、もっと大きな減収だってありますから。

 

草川: ふるさと納税のことか? 平成29年度では、浦安市は4億6千万円近くの減収になった。それについて指摘している人たちがいるようだ。では、そういった事態を予期して何らかの提案をしたのだろうか。提案もせずに批判をするのは楽なことだ。

 

鈴石: まあ、私たちが何かを言っても始まりませんが。

 

草川: いや、私たち市職員は、日本全国の動向に関心を持って、自分がその舵取りを任されたらどうするか、そういったことを考えておいた方がいいと思う。今の浦安市の行政に必要なのは、知性とハングリー精神だと思う。それぞれの自治体は、生き残りとまでは言い切らないが、税収を増やし、地域住民の利益を生み出すために必死になっている。それだけに使用できるはずもないが、毎年4億円もあれば市内に保育園をいくつ増やすことができるだろう。

 

鈴石: 裏返礼品なんてことまであるくらいですから。

 

草川: 他方、浦安市の行政は、豊かな財政力に油断していたのではないだろうか。市民の皆さんは熾烈な競争を勝ち抜いた方々が多く、彼ら彼女らのお陰で今の財政力が保たれている。しかし、浦安市の行政に携わる人たちは、そういった熾烈な競争を勝ち抜いた経験が少ないだろ? むしろ、市民の馬力に安堵している感がないだろうか。結局のところ、小さな視野の中で大局を見渡すことができない体質が、この事態を招いたのではないだろうかと思う。

 

鈴石: 草川さんだったら、その減収、どうすればいいと思いますか?

 

草川: 簡単なことさ。返礼品の競争はふるさと納税の本質ではないが、過度に浦安市の税収が減るとすれば、ある程度はコントロールせざるをえないだろう。そして、その手段となると、ディズニー以外にないだろ? 

 

鈴石: まあ、浦安市には目立った特産品もありませんし、古き良き漁師町というアピールは難しいでしょうから。

 

草川: 日本中のディズニーファンをターゲットにするというのはどうなんだという批判があったとしても、夢と魔法の国がある自治体が傾いていたらどうなんだという疑問が生まれる。つまり、オリエンタルランドとタイアップして、浦安市限定の返礼品を用意するのさ。もちろん、アメリカの本社に行って交渉する必要があるかもしれないが、浦安市にそれだけの能力がある市職員が何人いるのか? その時は、英語が堪能な鈴石君の出番だよ。君は慶應大学のMBAを持っているし、外資系企業で働いていたのだから、通訳を挟まずに交渉ができるだろ?

 

鈴石: 交渉自体はできますが、本社に行ってまで、ふるさと納税の事情を理解してもらうのは難しいかと思います。いえ、笑い話ではなくて、米国では、企業ではなくて個人による寄附についての考えが広く浸透しています。特に、NPOへの寄附は普通に行われていますし、その金額は桁が違います。寄附自体は突飛なアイデアだとは思いませんが、日本のように返礼品で競争になるという発想がないと思いますし、システムが違いますから。

 

草川: NPO...過去に施行された税制改革のことか? そうだな...ハーバード大学がNPOだということを知らない日本人は多いことだろう。それと、YMCA、ニューヨーク交響楽団、ロックフェラー財団もNPOだな。

 

鈴石: NPOへの個人からの寄附については、ロナルドレーガン政権下で行われた税制改革が大きかったのでしょうね。何に使われるのか分からないことに税金を納めるよりも、自分が大切だと思う取り組みにお金を提供する。そして、NPOに寄附した分は控除を受けることができるというわけですね。

 

草川: 日本においても、認定・特例認定NPO法人に対して寄附した場合には、寄附金控除もしくは税額控除の適用を受けることができるようになっているが、そこまで考えて個人が積極的に寄附しているとも感じられない。それに比べて、アメリカにおける個人の寄附金は、非常にスケールが大きかったと理解しているが...

 

鈴石: 米国の場合、一時はNPOへの寄附金が、国家予算の約1割に達したことがあるくらいですから、非常に大きな規模ですね。一方、日本のNPOの場合には、個人からの寄附というよりも、地方行政が活動の予算や場を用意するという流れができてしまっている感があります。

 

草川: それも仕方がないとは思うが、浦安市の話ではなくて、あくまで一般論だが、地方行政とNPOの距離が近づきすぎると、色々とトラブルが起きているようだな。

 

鈴石: その街で特定の活動を担うことができるNPOがあると、行政としてはどうしても頼りにしてしまいますからね。行政と連携して素晴らしい活動を続けているNPOは多々ありますし、事業の内容や予算の使い道などを透明化するなどの努力を続けていますよね。一方、両者の癒着を指摘されるケースは珍しくありませんね。首長の方針が変わらない限り、まるで市の関連団体のように振舞ってしまうことがありますから。

 

草川: NPOは行政から安定的に仕事を受ける下請けではないのだが、なかなか難しい課題ではあるな。NPOに何らかのトラブルが生じたり、疑義が向けられた時、行政が守ってしまうリスクがあるのかどうか。行政の責任を問われかねない事態だからな。一方、行政が自らの事業で実施するよりもはるかに高いベネフィットを生み出すNPOがあることも確かだ。いずれにせよ、NPOを支える税金を納めている市民に対して、オープンにできる情報については可能な限り開示する形こそが、長い目で見れば市民からの信頼を得るという結果に繋がるのかもしれないな。

 

鈴石: 米国のようにNPOが個人からの寄附金によって支えられている場合、市民からの監視の目はさらにシビアですし、行政が守ってくれるという考えはあまりないと私は理解しています。NPO側としては、寄附金を提供する個人からの信頼を得るためにも情報公開は必要です。疑いの目が向けられたり、実際にトラブルがあると、寄附金が減って活動が滞ってしまいますから。

 

草川: まあ、それは市町村の話というよりも、もっと大きなスケールの話だが、私たちにとって無縁な話でもない。また、米国だって完全なシステムは存在しないだろうし、良いところは学び、悪いところはその課題を考えることが大切なのだろうな。だとすると、ふるさと納税は失敗だったのかな?

 

鈴石:失敗だったとしたら、ここまで国民が盛り上がっていないと思いますよ。ふるさと納税の返礼品はもらえると楽しいですし、その先には家庭での笑顔がありますよ。美味しいものを食べると人は幸せになれますから。また、地方が特産品のPRを展開したり、たくさんの人たちが遠く離れた街の良さを知る上でも大切だと思います。それと、大都市の発展には故郷を離れて地方から働きに来ている人たちの貢献が大きいです。ですので、地方が傾いてしまったら、そういった力が減ってしまいますよ。ふるさと納税で街の力を増やしたいという気持ちは痛いほど分かります。

 

草川: 地方の税金を考える上で良い機会になったとは思うが...浦安市にとっては痛い減収だな。

 

鈴石: 浦安市のふるさと納税の場合、ディズニー本社とは距離をとって、ディズニーに関連した産業とタイアップするのはどうでしょうか。浦安に観光に来る場合になくてはならない要素、もしくは、その機会があれば浦安に来てしまう要素。

 

草川: ああ、そのラインであれば、市内のホテル産業にお願いした方が効率的かもしれないな。浦安市に寄附すると、ある程度の期間を設定した割安の宿泊券が返礼品としてやってくるという感じかな。

 

鈴石: 地方からディズニーに行こうとすると、最初にネックになるのが宿泊先なんですよね。だって、ネットで調べて空室状況を確認したり、値段を確認したり。最初から返礼品でセットになっていたら、自分たちでスケジュールを合わせることができますから。

 

草川: 地方から浦安に観光に来て、その次にネックになるのは食事だろ? 家族連れ、カップル、同じ年の友達。ディズニーを楽しんだ後、ホテルに宿泊して、コンビニで弁当や総菜を買っている人が珍しくない。夜遅くに開いている飲食店がどこなのか分からなかったり、ホテルのレストランが高額になってしまったりするからな。そういった時、元町エリアの美味しいお店から、宿泊先の部屋まで料理を届けてくれるようなサービスがあったら、助かると思わないか?

 

鈴石: 飲食店側としてもある程度の見積もりができますから、地域産業としても無理がなくて、助かるかもしれませんね。

 

草川: 市民の皆さんからアイデアを集めればもっと助かるのだろうけれどね...おっと、台風が近づいているのに、そういった話をしている場合ではなかったな。

 

鈴石: いえ、草川さんって、本当にこの街のことを考えてらっしゃるんですね。もっと地味な人かと思っていました。

 

草川: ...そうかもしれないな。私は、言いたいことを言わずに飲み込んで、ここまで来たのかもしれない。

 

鈴石: すみません、嫌みではなくて、本当に勉強になります。

 

(台風上陸まで18時間)

 


第四話: 強みはバカになれること


 

超大型台風に備えて、浦安市役所の情報政策課に設置されたGISタスクフォースのブースにて。

 

小柳: うーん、ねぇ...高洲橋くん。K島くんはまだなのかな~? 

 

高橋: 高洲橋ではなくて高橋です。それにしても、おかしいですね。地下鉄の日比谷線に乗って、途中で乗り換えて東西線ですから、駅から駅までなら30分もあれば到着するはずなのですが...

 

小柳: だったらさ、入船橋くんさ、バイクでひとっ走りして迎えに行ってくれないかな~? 僕がきちんと事務手続きしておくからさ~。

 

高橋: 入船橋ではなくて高橋です。あ、君島からメールがありました! 昨夜は合同庁舎でほとんど眠らずに残業していたので、東西線に乗って寝過ごして、今、東葉勝田台から引き返しているそうです! 合同庁舎ってなんなんでしょう?

 

小柳: 霞ヶ関では、いくつかの省庁が同じ建物をつかってるんだよ~、浦安市にはないかもね。ほう~。浦安市が大変な状況なのに、K島くんは、電車の中で眠りこけて東葉勝田台ね~。

 

高橋: ・・・・(だから、徹夜で仕事してたんだって)

 

小柳: うん、ますますK島くんのことが好きになったよ! それくらい図太くないとね。だったらさ、今川橋くん、駅前に美味しい旨辛ラーメンのお店があるから、腹ごなししておいてねって、メールしておいてよ。

 

高橋: 今川橋じゃなくて高橋です。すでに旨辛ラーメンを食べたそうで...あ、小柳さん...

 

小柳: 熊田くんと笹本くん、そう、その調子でワークステーションをセットアップしておいてね。デスクトップの画像は適当でいいから。僕は少女時代にしたんだけど、ああ、せっかくだから6面モニタじゃなくて、8面モニタにしておけば良かったかなぁ~。

 

熊田: おい、笹本、クラウドって、こんなに便利なんだな。

 

笹本: そうだね、コンピューターの中で何をやってるかなんて、あまり気にしたことがなかったけど、浦安市のシステムって、情報の多くがクラウドで処理されていたんだね。

 

熊田:行政の場合には市民の情報みたいにオープンにできないこともあるから、そういった場合にはプライベートクラウドで対応するわけか。まあ、ないとは思うけど、突然のシステムダウンで市役所のサーバがダメになっても、大切な市民の情報はクラウドで守られるってことなんだな。へぇ~、よく考えてるね。

 

小柳: まあ、すべての情報をクラウドで処理できないから~、ある程度は庁内にもサーバを置いているけどね~、それと、パブリッククラウドとプライベートクラウドのハイブリッドだけれど、ハウジングとか他のクラウドサービスも組み合わせたりなんかしたりしてね~。

 

熊田: 浦安、マジすげー! あの、小柳さん、自治体でハイブリッドクラウドを使い始めたのって、浦安市は早い方なんですか?

 

小柳: うーん、まあ、民間だとハイブリッドクラウドは始まってたんだけどね~。基礎自治体だと、浦安市が日本で最も早かったかもしれないね~。東京の23区よりも早かったかな~。まあ、うちの部長たちはほとんどの職員が電脳化手術を受けているから、説明も楽だったんだよ。

 

笹本: マジっすか!? 攻殻機動隊みたいじゃないっすか? 議会の答弁で原稿いらないんじゃね的な!

 

小柳: ああ、あれは演技だよ。本当は、担当課の課長や補佐が庁内のWi-Fiで部長の電脳に答弁の内容をデジタル送信しているだけだから。部長たちの首筋をよく見れば分かるよ。ピカピカと点滅してるでしょ?

 

熊田: ええ! やっぱり!?

 

小柳: 冗談だよ~。それだったら、市役所から紙の書類がなくなるでしょ? 決裁なんてピッって感じでアッという間だし~。

 

熊田と笹本: ですよねー!

 

笹本: それにしても、ワークステーションのセットアップって、朝までかかると思ってたんですけど、ハイブリッドクラウドで環境が構築されているから、アクセスしてチョイチョイするだけで、もう使えるじゃないですか。いやー、もう、感動しましたよ!

 

小柳: そうでしょ? パソコンを買ってきて、ブイーン、ウォーン、あ~、う~、って言いながらソフトウェアをインストールする時代じゃないんだよね。液状化の時には、他の自治体の職員さんたちが助けてくださったんだけど、端末をセットアップする時にも同じ方法で対応したんだよ~。

 

熊田: じゃあ、さっそくGISを使ってみていいですか?

 

小柳: 君たちはデジタルネイティブ世代で、まだハタチだからね。一通りのGISの研修もやっていたわけだし、僕なんかよりも「ラクショー!」で使えるでしょ? 

 

笹本: あれ? カラオケで歌ったことがありますよ。タテノリサウンドの時代に生まれたかったなぁ。おー、それにしても大型のツインモニタ、作業がすげー楽ですね。

 

小柳: 最近は大型モニタが安くなったよね~、まとめ買いで一気に買えばいいんだよ。たった数万円の消耗品で眼精疲労に苦しむなんて、おかしな話でしょ? 職員の目は消耗品じゃないんだよ。企業だったら普通のことだけど、ある程度のプライバシーを守れるようなパーティションも必要だと思うんだよね。人の目って、気になったりもするから。

 

熊田: あー、横の人がキレイな人だったらいいんですけどね。なんだか隣になりたくないおじさんとかだと気になりますよねー。

 

小柳: マッチョな精神論で市職員が疲弊したら、本人にとって悲劇だし、市民の利益にも繋がらないからね。そうそう、統合型GISなら、このアプリケーションと組み合わせるとね...ほら、今まで縦割りだった行政の情報がレイヤーでオーバーレイできるのさ~。例えばほら、市内が冠水した場合のマップと、高齢者がお住まいのマップ、避難場所、タオルや食料の備蓄場所、仮設トイレの設置場所のレイヤーを重ね合わせるとね...

 

熊田と笹本:おーー! すげーー!  

 

小柳: そして、情報を必要としている担当課の職員のデスクトップやタブレットの端末に、このようなGISのマップを転送するってわけさ~。

 

高橋: ・・・・(この人たち、聞いてない! ていうか、切羽詰まった状況なのに、どんな神経してるのさ?! 市役所の職員だよね?!)

 

君島: ただいまっす!

 

高橋: おお、君島君。GISタスクフォースのみんなは集まり始めているよ。小柳さんに会うのも久しぶりだろ?

 

君島: おやおやおやおや! このマシン、オレへのご褒美なんすか? ひゃー、こりゃすごい! な、なまえ付けていいっすか? よし、君はこれから田中一郎だ。よろしく、田中くん!

 

高橋: ・・・・(一体、この人選、どうなってるんだ?)

 

君島: そういえば忘れてたぞ! 小柳隊長どの! 国土交通省への出向から、ただいま帰還いたしました! 任期はあと少し残っておりましたが、非常事態ということで浦安市役所に戻ってきました!

 

小柳: うむ、K島くん、我が国のためにお務めご苦労さんです!これからは、我が街のために精進したまえ!

 

君島: はい!

 

小柳: ...ていうか、君、だれ? 僕が知ってるK島くんじゃないよ? K島くんの偽物だったら、もう少しうまく変装しなよ。

 

君島: いえ、自分は君島です! ただ、ちょっとだけ...

 

小柳: まさか、育ち盛りで、食べ盛りってやつ? それとも、身体を壊したの? 10kgくらい増量したでしょ?

 

君島: いや~、もう食べすぎちゃいまして...

 

小柳: パシャ!そうか~、大変だったよね~ みんなに知らせてあげないと...カタカタカタカタ「K島くんが、霞ヶ関でがんばって、ひと回り大きくなって帰ってきました!」っと...これでいいかな。

 

君島: ああっ! 今、写真を撮ったでしょ!? フェイスブックで共有しないでくださいよ! 朝飯を食べて仕事して、昼飯を食べて仕事して、夕飯を食べて仕事して、出前の夜食を食べて深夜まで仕事して、運動せずに一日4食っすから、そりゃ太りますって!

 

熊田: ヒソヒソ(おい...笹本...あれが君島さんだな?)

 

笹本: ヒソヒソ(そうみたいだね。残業何時間なんだよ? よく1年間、働いたよね...)

 

小柳: うーん、レスポンスいいね~。吉田さん、高木さん、他30人が「いいね!」しました。

 

熊田: ヒソヒソ(おい...小柳さん、鬼だよ。)

 

笹本: ヒソヒソ(鬼だね。)

 

君島: くそー、目には目をってやつすっか? カタカタカタカタ「小柳さんだって、昔は太ってたでしょ? ビフォーアフターの写真、オープンデータっす!」

 

小柳: やめろ~、僕の黒歴史を~!

 

君島: うーん、レスポンスいいっすよ!

 

高橋: ・・・・(一体、なんなんだ。このタスクフォース...)

 

熊田: ヒソヒソ(なんだか楽しくなってきたぞ...)

 

笹本: ヒソヒソ(すげー二人だな。)

 

小柳: ていうかさ、K島くん、何か臭うよ。お風呂入った? シャワー浴びてきてよ。

 

君島: ああ、忙しくて、一昨日から入ってないっす。慣れない職場ってのもあったんだと思うんすけどね、霞ヶ関は激戦でしたよ。終電帰りなんてよくありましたし、28時まで仕事とか。デスクの上で寝たり、椅子を並べて寝たり、最後は床の上で段ボールを敷いて寝たり! あはは!

 

熊田: ヒソヒソ(マジかよ? 1日って24時間じゃないのかよ?)

 

笹本: ヒソヒソ(着地点が浦安市役所で良かった...昔の自分、ありがとう。)

 

君島: また、小柳さんにだまされましたよ! 「東京の港湾局で修行してみなよ」って言われて、オレ、東京都の港湾局だと思って行ったんすよ。地図通りに行ったら、国交省の港湾局だったんすよ!

 

熊田: ヒソヒソ(いや、分かるだろ...)

 

笹本: ヒソヒソ(人生をかけてウケを狙っているね...)

 

小柳: え? 東京でしょ?

 

君島: そしたら、「浦安市のGIS担当? ああ、液状化で耐え抜いた小柳の部下か?」って。「いや~、あいつはとんでもないヤツっす」って言おうと思ったら、デスクに知り合いがいたんすよ。

 

小柳: 知り合いなんていたの~?

 

君島: 港湾局のノンキャリア職員に、関東大学リーグで戦った専修大卒のラガーマンがいたんすよ。あいつは10番、スタンドオフだったんっすけどね。フルバックのオレのこと、覚えていてくれたんすよ。何度かタックルで沈めてやったんすけど、スゲー痛かったらしくて! あはは!

 

小柳: へぇ、奇遇だね。でも、今のK島くんって、太っちゃってバックスは無理でしょ? 

 

君島: オレのこと、デブって言ったら、パワハラで人事課に訴えるっすよ! デブじゃなくてマッチョっすよ!

 

小柳: だって、デブでしょ?

 

君島: あー、デブって言ったな! デブだった人が、デブって言ったな!

 

小柳: やめろ~、僕の黒歴史を~、デジタルタトゥーを~。

 

熊田: ヒソヒソ(この師弟愛...)

 

笹本: ヒソヒソ(...なんだか楽しい職場に来ちゃったかも...)

 

君島: で、人手が足りないって聞いて一所懸命に働いていたら、大臣官房のキャリアから呼び出しをくらったんすよ!

 

熊田: ヒソヒソ(キャリアって、官僚かよ?!)

 

笹本: ヒソヒソ(大臣官房って、スケールデカすぎて、マジ引く。)

 

小柳: 市役所だと、総務部みたいな感じだったでしょ?

 

君島: 徹夜で頑張ってた職員が、朝、起き上がれなくなっちゃったらしくて、ヘルプが欲しかったらしいんすよ! とにかく行ってみたら、キャリアが東大ラグビー部のOBで「今すぐスクラム参加してくれ!」って感じだったんすよ! しかも、ここで働くと労働基準法が適用されないそうなんっす! すごくないすか!?

 

熊田: ヒソヒソ(起き上がれないって...辛かったろうね...)

 

笹本: ヒソヒソ(僕だったら、そのまま猫実に帰るね...)

 

高橋: あのー、お取込み中、失礼しますが、明日には大きな台風が...

 

君島: で、オレ、ラガーマンだから、「ワン・フォー・オール」、「オール・フォー・ワン」でスクラム参加っすよ!

 

小柳: あはは、きつかったでしょ~。メンタルも、フィジカルも。

 

君島: 国会中は、夜10時に打ち合わせとか、平気でありましたからね。もう、大変っすよ。

 

熊田: ヒソヒソ(浦安市役所だと、ありえない...)

 

笹本: ヒソヒソ(確定申告とか保育園の利用調整の時期が、毎日続く感じかな...)

 

君島: でも、オレ、思ったんすよ。市役所の方が大変な時もあるんだってね。

 

熊田: ヒソヒソ(霞ヶ関よりも、市役所の方が大変?)

 

笹本: ヒソヒソ(どういうこと?)

 

小柳: ほう、市役所の方が大変な時って、なんだい~?

 

君島: 霞ヶ関はスゲー忙しくて、予算もスゲーでかいんすけどね、何億円の事業が小さい部類に感じるくらい。残業時間も長くて、本当に激務っす。でもね、市役所だって大変なんすよ。働いてると目の前に市民がいるでしょ? 間違ったら市民の皆さんがガチで困っちゃうでしょ? 感謝される時も、クレームが入る時も、相手が市民なんすよ。霞ヶ関で職場の同僚と夜遅くまで調整して、タスクをクリアするのも大変なんすけど、市役所で働いている自分たちって、行政の最前線にいるんだって、心の底から思ったんすよね。

 

熊田: ヒソヒソ(おお、グッときた!)

 

笹本: ヒソヒソ(ここでウルッと来るのね! きっと来るのね!)

 

君島: 相手チームのウィングがボールを持って突っ走ってきて、仲間がみんな抜かれて、もう、フルバックのオレしかいなくて、抜かれたらトライなんっすよ!

 

熊田: ヒソヒソ(分からない...)

 

笹本: ヒソヒソ(タックルしすぎたんじゃないか?)

 

高橋: もうっ! 小柳さん、君島君、いい加減にしてください! こんな非常時に、何をしゃべってるんですかっ! 

 

熊田: ヒソヒソ(高橋係長がキレた...)

 

笹本: ヒソヒソ(真人間だったら、普通はキレるよね...)

 

高橋: 君島君はともかく、小柳さんは液状化の時にGISを動かしていたんでしょ!? 街が崩壊して、必死に守ろうとしたんでしょ!? どうしてそんなに悠長に構えていられるんですか!?

 

小柳: ・・・・

 

高橋:小柳さんは、怖くないんですか!? 私は怖いです! GISタスクフォースが情報を掴めなかったら、暑い中、嵐の中、必死に街を守ろうとしている同僚たちをサポートできない! 下手をすると市民の皆さんや同僚たちが危険に晒されるかもしれない! だから...だから、必死に頑張ろうとしているのに! 

 

小柳: ・・・・

 

高橋: なのに、どうして、あなたたちは笑っていられるんですか? バカなんですか!?

 

熊田: ヒソヒソ(あ~、これはキレた...)

 

笹本: ヒソヒソ(ねぇ、高橋さん、泣いてね? マジで泣いてね?)

 

小柳: そりゃ、怖いですよ~。市役所の中に、どれだけの職員がいますか? 消防署を含めて、大した人数がいませんから。たったこれだけの人数で、17万人を守り切らなくちゃいけない。たった一人の市民だって、見過ごすわけにはいかない。

 

高橋: 怖いのだったら、もっと真面目になったらどうなんですか!

 

小柳: さっき、境川橋君は僕のことを「バカなんですか!?」って言ったでしょ?

 

高橋: 境川橋じゃなくて高橋です! でも、そうじゃないですか! 普通じゃないですよ!

 

小柳: バカだと思ってもらって構わないよ~。市役所の職員として普通じゃない考えや行動がバカだと言われるのなら、僕は自分からバカになりたいね~。

 

高橋: しかし、非常識ではないですか!?

 

小柳: 市役所の世界の常識が、本当に普通の社会での常識だと思っているのかい? もしも自分たちが常識だと考えていることが、市役所の外では非常識だったら、僕たちは何を基準にして物事を考えるのだろう。高洲橋くんって、そういった疑問をもったことはないかな~?

 

高橋: 高洲橋じゃなくて高橋です。それは...ありますとも! どんな職場にも常識があるじゃないですか!

 

小柳: 液状化の時、必死にGISを動かした僕は分かるんですよ。僕たちが熱くなっちゃいけない。分かります? 情報担当の心は熱く、頭は冷たく。そうしないと、街の変化が分からないし、メンタルがもたないんですよ。非常事態には情報の嵐が僕たちに押し寄せてきます。頭から血の気が引くくらいのショック。一歩も引けないプレッシャー。そういった状況でも動じない状態が必要なんです。また、時には非常識と言われるくらいの個性的な発想。それも大切です。

 

熊田: ヒソヒソ(ワシ、ええこと言うた感があるね...)

 

笹本: ヒソヒソ(すげー、ドヤ顔だね...)

 

高橋: そもそも、このタスクフォースって、何を基準にメンバーを選んだのですか?

 

小柳: 分かるでしょ? 一つは、市役所の中で類まれなICTのスキルを有している職員。ただ、それだけではありません。僕ほどではなくても、「バカになれるかどうか」で選びました。自分の殻を自分で割って、常識の枠の中だけで考えない人たちです。上から指示されたことしかできないようでは、突発的な事象に対して、自らの判断で状況を把握することは難しいでしょうから。だから、あなたたちが選ばれたのですよ。

 

熊田: ヒソヒソ(うそだろ? 俺がバカってことなのか?)

 

笹本: ヒソヒソ(絶対に女性職員に知られたくない人選の基準だよ...)

 

高橋: 分かりました! 勉強になります!

 

熊田: ヒソヒソ(え? 納得したの?)

 

笹本: ヒソヒソ(やはり基準は間違っていないようだね...)

 

小柳: さて、じゃあ、そろそろブリーフィングを始めま...あれ? 一人足りないっしょ~。

 

女性職員 (北村): モジモジ あ、あの! 遅れて、すみません!

 

高橋: はい? あれ?  君もGISタスクフォースに?

 

熊田: ・・・・(北村さんって、高齢者福祉課の女性職員だよね? )

 

笹本: ・・・・(黒縁の眼鏡をつけた真面目な先輩だよね...)

 

小柳: いやいや、忙しいところに召集してごめんね~。よしっ、全員がそろいましたね~。じゃあ、ブリーフィングっていうとなんだか偉そうだから、えっと、ミーティングを始めましょ~。おいっす!

 

君島: おいっす!

 

その他: ・・・・

 

熊田: ヒソヒソ(いきなり滑ったよ! 誰かのオマージュなの、これ?)

 

笹本: ヒソヒソ(たぶん、平成生まれの僕たちには分からない、何かのギャグなんだよ、空気を読もう...)

 

小柳: 元気がないぞ、もういっちょ、おいっす!

 

君島・熊田・笹本: おいっす!

 

その他: ・・・・

 

小柳: コホンッ では、始めましょう。前方のプロジェクターのパワーポイントスライドを見てくださいね~。今回の情報政策課を中心としたGISタスクフォースは、ここに集まってくださっている7名です~。

 

① 小柳: 情報政策課 課長補佐

② 高橋: 情報政策課 係長

③ 君島: 情報政策課 主任

④ 北村: 高齢者福祉課 主任

⑤ 熊田: 健康増進課 若手

⑥ 笹本: みどり公園課 若手

⑦ ウラノス

 

熊田: ・・・・ (ウラノスって、誰だよ? 今、6人しかいないでしょ)

 

笹本: ・・・・(外国人助っ人かよ?)

 

小柳: 今回、東京湾に向かっている台風の規模は室戸台風級で、暴風に加えて豪雨が予想されます。浦安市の職員に託された使命は、市民を守り、街を守ることです。僕たちの上司や同僚、部下たちは、これから心身を削りながら対応することになると思います。

 

全員:・・・・

 

小柳: 僕たちGISタスクフォースのミッションは、それぞれの業務にあたる職員を後方から支援することです。しかし、時には後方ではなくて前線で情報を見つけて彼らを誘導する場合もあります。対策本部や現場の職員、関係機関などが必要としている情報を、どれだけ迅速に、どれだけ正確に伝えることができるか、僕たちの責任は重大です。それぞれのデスクを行ったり来たりしたり、全体で大きな声を出すと集中が途切れるので、会話はインカムを使ってください。モニタ上のインターフェイスから、単独もしくは複数の通信相手を選択することができます。

 

全員:・・・・

 

小柳: 加えて、僕たちGISタスクフォースは、浦安市および近隣自治体をGISによって「視る」という役割があります。刻一刻と変化する状況の中で、微細な変化でも見逃さないように神経を研ぎ澄ませてください。一瞬のインスピレーションやイマジネーションが、現場の負荷を減らすことにつながるかもしれないからです。それと、僕たちの担当は脳を酷使します。極限の状況になると、胃から何かがのぼってくるようなプレッシャーがやってくるかもしれませんが、耐えきれなくなったら僕に言ってください。

 

全員:・・・・

 

小柳: 質問はありますか?

 

高橋: はい。浦安全体をGISで解析するタスクフォースとして、7名では少人数だと思います。大丈夫でしょうか?

 

小柳: 各課が統合型GISを使用しうる環境が構築されていますが、現状では使いこなせていない担当課が少なくありません。情報政策課の職員の多くは、それぞれの課に配置されて情報面でのバックアップに入ります。彼ら彼女らからの情報もタスクフォースに伝達されてきます。また、職員数に限界がありますから、現状ではこの人数で精一杯です。液状化の時は3名でしたから。

 

君島: あの~、非常時って、ピンとこないんすけど、何かやっておくことはありますか?

 

小柳: 人は極限の状態になると、食欲と睡眠欲をあまり感じなくなります。お腹が空いていなくても、定期的に水分とカロリーを摂るようにしてください。食事や飲料はタスクフォースのブースに用意してあります。それでも眠くなってきた時、もしくは身体が冷たくなってきた時には、心身の疲れがピークに達しています。そのような時にはヒューマンエラーを誘発するので、適宜、仮眠をとるようにしてください。仮眠用のベッドはパーティションの向こう側に用意してあります。北村さんには別室を用意してあります。

 

北村: モジモジ あ、あの! GISタスクフォースが情報政策課だけじゃなくて...どうしてわたしなんでしょう? GISを使うことはできますが、高齢者福祉課ですよ?

 

小柳: 情報政策課だけではGISの分析は難しいからです。GISは、それ単独ではただの道具にすぎません。データがあって初めて意味が生まれ始め、そのデータを分析することでようやく本領を発揮します。野球で表現するとバットやボールといった道具なんです。メジャー選手と草野球で同じ道具を使っても、プレーは全く違うでしょ? それらを使いこなしてこそ一流のプレーができますよね。データを用意できたとしても、そこから何を分析し、何につなげるか。スキルやセンスが重要になりますし、他の課で働いている職員のバックグラウンドが必要になります。高齢者と女性を守ることがミッションの大きな柱です。北村さん、このタスクフォースには、あなたの力が必要なんです。熊田くんや笹本くんにも期待していますよ。

 

熊田: えっと、俺、不思議に思ってたんですけど、タスクフォースに若手が多いのはどうしてですか?

 

小柳: 僕はもう若くありません。こういった事態は頻繁にあることではありませんが、その場を経験したか否かで、その後の対応が変わってくると思います。僕が落ち着いていられるのも、過去の経験があったからです。あなたたちは、10年後、いや、20年後の浦安の姿を、現役の市職員として見つめることになります。20年後の僕は、外から浦安市役所を眺めることしかできません。大変だと思いますが、これからの浦安市を支える若い世代に経験してほしいのです。あとは...笹本君、質問はないですか?

 

笹本: あの...ウラノスって、誰ですか?

 

小柳:ああ、ウラノスは僕たちのミッションをサポートしてくれる大切な存在です。そのうち分かりますよ。

 

全員: !?

 

(台風上陸まで16時間)