この街に必要な、本当に大切な佐野産婦人科医院が、この地から去って移転することになった

あまりに深刻過ぎる話だからなのか、何が起こったと全体を把握できないからなのか、自分には直接的に影響しないと無関心なのか、ネット上でのレスポンスがほとんどないけれど、想定していた中で最も避けたかった展開になってきた。

 

残念な結果となりました。|  佐野産婦人科医院

  

http://www.sanolc.com/blog/2017/08/post-129-504461.html

  

40年以上の長きにわたってこの街の親子を支え続けてきた佐野産婦人科医院。

 

その医院のブログにおいて、院長の今野先生のお気持ちが書き綴られている。

 

この医院が、この地から去ることになった。

 

佐野産婦人科医院は浦安の元町エリアにある。自分は新町エリアに住んでいるけれど、うちの子供たちはこの医院で産まれた。

 

浦安市内の産科医院の数は限られていて、新町エリアには分娩が可能な産科医院がない。

 

地元で評判が良く、入院中の食事も美味しいという話を聞きつけた妻が即決し、佐野産婦人科医院にお世話になった。

 

本当に素晴らしい医院だった。

 

とても明るくて、優しくて、頼もしくて、そして、ガチだ。

 

医師の先生方は穏やかで優しかった。

 

スタッフの皆様も優しかったけれど、ガチだった。

  

どうしてガチなのか?

  

一歩間違うと、妻や子供の命に関わるからだ。

 

医療というのは、医師だけで行うものではなく、たくさんのスタッフによって支えられている。

 

助産師や看護師、医療事務、調理師、清掃員、そういった多くのスタッフの連携によって支えられている。

 

この医院の素晴らしさは、医師だけではなくて、スタッフの皆さんの情熱と努力だ。

 

特に、助産師や看護師は医療の最前線で患者を励まし、助け、支える。

 

ガチになって当然だ。

  

そして、医院と妻がガチで付き合ってきたからこそ、いざ出産となると、強力なパートナーシップが生まれる。

  

初産の時、妻は、早くこの苦痛から解放してほしいと本当に必死で、夫からのやんわりした励ましなんて耳に入っていない感じだった。

 

夫だって、妻の出産が初めてだと、もの凄く動揺する。

 

ガチで助けてくれる医院のスタッフの皆様は、とても大きな力になった。

 

陣痛から丸一日が経って、このまま出産して出血すると命が危ういということで、あと少しで帝王切開になるところだった。

 

しかし、妻の頑張りと、医院の皆様のご支援のお陰で、無事に我が子が産まれた。

 

分娩室にはさりげなくBGMがかかっていて、子供が産まれた瞬間、A Whole New Worldに切り替わった。

 

これは佐野産婦人科医院の仕込みではなくて、ローテーションの中で偶然まわってきた曲だ。

 

そういえば、結婚式の披露宴のお色直しの登場で、この曲をかけてもらったという遠い記憶がある。

 

あの当時の妻は、優しかった。

 

なので、この曲を聴くと涙ぐんでしまう。

 

それまで、自分は佐野産婦人科医院のスタッフさんたちから「ご主人」と呼ばれていた。

 

子供が産まれた直後から、自分は「お父さん」と呼ばれた。

 

あの時の感動や身の引き締まる思いを、自分は決して忘れない。

 

我が子が産まれて浦安駅からタクシーに乗って帰っている途中、感動のあまり、車内で号泣してしまって、運転手さんもジーンときたようで、「お代は結構ですよ」と言われたくらい。

 

その言葉に感動して「お釣りは結構です」と払ったくらい。

 

たまに電車通勤が辛くて忘れるけれど、決して忘れない。

   

2人目の子供は、生まれた後でも強烈な個性を放っていて将来が楽しみだけれど、お腹の中に居る時にも変わっていて、逆子状態が直らなかった。

 

妻は一生懸命に逆子体操をやっていたのだけれどラチが開かず、名誉院長先生が「どれどれ、ほいっ」と、ゴッドハンドでお腹の上から動かして逆子を戻してもらった。

 

その時、あまりにスムーズにクルッと戻ってしまい、名誉院長先生が「う、うーむ。わたしの長い経験でも珍しい」とおっしゃって、しばらく医院に留まって妻のお腹に計器を乗せて子供の状態をチェックすることになった。

 

今の若い医師は、様々な検査や機器に頼ってしまって、それらがない診療では不安になることがあるそうだ。

 

しかし、十分な検査や機器がなかった頃からたくさんの患者さんを助けてきたベテランの医師は、自らの力を磨き、自らの五感を研ぎ澄まして診療にあたってきた。

 

健康診断を受けた人なら、聴診器とか触診に何の意味があるのか、こんなことで病気が分かるのかと面倒に感じるかもしれないけれど、ベテランの医師は、体内の微妙な音の違いや、手で触れた感触だけで病気に気付いたりもする。

 

そうやって長年にわたって蓄積してきた医師としてのスキルやノウハウは、必ずしも論文やデータとして遺すことができない。

 

そのため、医師の世界では年長者を敬う傾向にある。

 

その後、我が子はスクスクとお腹の中で育って、陣痛が始まって、分娩室に入って、すぐに産まれた。

 

名誉院長先生が、パイプ椅子に座ってリラックスしながら、母としての務めを立派に果たした妻と、キビキビと働くスタッフさんたちを眺めていた。

 

ご自身が苦労して立ち上げたクリニックが、ここまで立派に育ったことに満足されているようにも感じたし、こうやってたくさんの浦安の子供たちが生まれてきたのだろうと思った。

 

すでに全国に報道されてしまったし、医院のブログにも書かれているけれど、この医院はとあるトラブルの渦中にあって、結果として産婦人科医院の継続が不可能になり、この地から去るという決断に至ったと明記されている。

 

自分は市民同士が対立することを望んでいないし、この街の状態を維持するためには無関心であってはいけないとも思う。

 

この話は元町エリアという浦安の一部の話ではなくて、浦安全体の子育てに関わる話だ。何とかして着地できないかと、今もずっと考えている。

 

この街の場合には元町エリア、中町エリア、新町エリアがあって、他のエリアのことにはあまり関心がなかったり、深く議論しないような不文律を感じることもある。 

 

この町ごとのパーティションは、浦安に住む人たちが心を一つにすることが難しい要素の一つではあるけれど、自分としては浦安の面白さでもあると認識している。

 

ただ、今回のように浦安全体のテーマになってくると、色々と大変だなと感じたりもした。

 

それと、こういったテーマについて考えていると何かを勘ぐってくる人がいたり、たまに、そういった政治活動や営利活動に関わっている保護者世代がいたりもするので否定しておく。

 

自分にはそういった意図も背景もないし、何かに立候補するつもりもない。バチバチと火花が散るような議論もしたくない。

  

必要なのは建設的な議論だ。

 

ありえないけれど、恫喝や嫌がらせといったプレッシャーではない。

  

落ち着いて、最後まで相手の考えに耳を傾けることが大切だ。

  

自分はこの件について非常に詳しく知っている。

 

もの凄く知っている。

 

自分なりに考えを整理すると、このトラブルというのは元町エリアの中の非常にローカルな人間関係に端を発したことだと認識している。

 

当事者として関わっていない時期の話についても対応することになった、自分と同じ歳くらいの院長先生がお気の毒でならない。

 

しかし、契機となった原因は思ったよりもシンプルで、裏を返すと頑張ればすぐに解決するんじゃないかと思った。

 

しかし、解決しようという気持ちがなければ、状況は改善しないとも思った。

 

また、今回の件において状況をまとめた結果として感じたのは、新町エリアの人間から見て信じられないほどの地域社会的な特徴だった。

 

しかし、内容が子育てに関わることでもあるので、元町エリアに限らず、浦安全体に話が広がった。

 

おそらく、浦安全体の多くの子育て世代がこの話を耳にしたことだろう。

   

元町だとか、中町だとか、新町だとか、そういったエリアだけで考えるのではなくて、常に浦安という一つの街について考えることが大切だと思う。 

  

この街が日本トップクラスの財政力を持つようになったのは、たくさんの自治体から引っ越して来た子育て世代の貢献があったからじゃないのか?

 

そういった世帯が慣れない街に引っ越してきて、何の心配もなく妊娠や出産のステージを送ることができるように、精一杯の配慮をすることが重要なんじゃないのか?

  

浦安の子育て世代は、今までの子育て環境に満足していたわけで、より良い方向への改善は歓迎するけれど、子育てに影響するような大きなギャップを望んでいない。

  

この医院が移転せざるをえない状況になったのは悲しいことだけれど、自分が院長先生の立場だったら、同じ決断をすると思う。

 

「この地から去る」という院長先生からのアナウンスは、交渉のためのブラフではなくて、かなりの苦悩の上で決心されたことだと思うし、おそらく覆ることはない。

 

彼の性格を知っている人なら分かる。

 

一言で表現するならば、「誠」の人だ。

 

彼は、とても真っ直ぐな性格だ。 

   

彼が移転せざるを得ないと判断した以上、この街は子供が産まれる場所を一つ失う可能性が高くなってきた。

 

さらっと書いているけれど、これは非常に大きなことだ。

 

佐野産婦人科医院の先生方ならびにスタッフの方々は、地域医療のために尽力されてきたのに、このような事態になって辛かったことだろう。

 

佐野産婦人科医院が実際に移転するとどういうことになるかを考える。

  

論点はたくさんあるのだけれど、自分なりに大きく分けて3つ。

 

一点目は、この街の周産期医療への直接的な影響。

  

佐野産婦人科医院では、年間600件以上の分娩を支えている。

 

自分が知る限り、現時点で市内で分娩の対応ができるのは、順天堂大学医学部附属浦安病院、東京ベイ浦安市川医療センター、おおしおウィメンズクリニック、佐野産婦人科医院の4施設。

 

新町エリアの人たちなら常識だと思うけれど、周産期医療では常に人材不足が続いている。苛烈な業務の割に責任が重く、若い医師の確保も大変だと思う。

 

「ああそうか、佐野産婦人科医院が浦安から出て行ったから、どこかから別の産婦人科のお医者さんに来てもらおう」と考えて、容易に来てもらえるような話ではない。

  

そうなると、残りの3施設で市内の分娩を支えることになる。

 

順天堂大学医学部附属浦安病院はハイリスク出産にも対応していて、過度に負荷をかけるわけにもいかないと思う。

 

すると、東京ベイ浦安市川医療センターと、おおしおウィメンズクリニックで対応できるのかという話になるかもしれない。

 

年間600件の分娩というのは半端な件数ではないので、市内で出産したいという女性が産院を探しても予約ができず、産む場所に困るという展開になりはしないか?

 

しかも、佐野産婦人科医院はただの産院ではない。院長の今野先生も、ご夫人の葉子先生も、産婦人科の専門医だ。

 

そして、院長先生は産婦人科医であるけれど、胸部外科で外科医としても研鑽を積まれてきて、さらに医学博士だったりもする。

 

彼は、順天堂大学浦安病院の産婦人科や、国立成育医療センターの周産期センターでも勤務されてきた。

 

分かりやすく説明すると、女性が出産しようとして産科医院に行ったとして、そこで対応できない状況になった時、より高次の医療機関に搬送されたりもするわけだけれど、そういった最後の砦のような場所で数々の経験を積んで来られたドクターだ。

 

この街が、彼ほどの逸材を失うのは実に惜しい。

 

しかも、まだまだ現役、生涯現役の名誉院長先生もおられるので、たった1つの産科医院なのに、少なくとも3名の産婦人科専門医が常駐されている医院なのだ。

 

中規模の病院の産婦人科に匹敵する、もしくはそれ以上のポテンシャルがあるのではないか。

 

さらに、院長先生や名誉院長先生は順天堂大学のご出身で、近くの順天堂大学附属病院と非常に強い繋がりがある。

 

医師の世界というのは、同門か否かということが思ったよりも重視されるわけで、彼らだけでも非常に心強いのに、不測の事態があっても大学病院があると思うと、とても安心できる。

 

それほどまでに素晴らしい産婦人科医院が、この街から去ってしまうかもしれない現実を、もっと直視した方がいいのではないか。

 

その大切さというのは、実際に失ってから実感するのかもしれないけれど。

   

二点目は、浦安市の子育て支援、特に「切れ目のない支援」における影響。

  

三点目は、市内外の子育て世代へのインパクトと、この街のレピュテーションマネジメント。

 

これらについては、この街の行政や議会が考える話だと思うので、詳しく述べない。

  

自分なりの考えでは、ここまで話が進んでしまうと、移転以外のオプションはほとんど残っていないと思う。

 

呆然と立ち尽くしている自分がここにいる。

 

佐野産婦人科医院の院長先生方は、もう十分、苦しんだ。

 

院長先生は、この件で心身共に消耗して、高熱を出して寝込んだり、体重が数キログラムも減ってしまった。

 

「ダイエットになって良かったですよ。たくさんの人たちが私たちを助けようとしてくださっていますから、ありがたいことです」と苦笑いしていたけれど、本当は、どれだけ辛かったことだろう。

 

彼一人に重荷を背負わせるわけにはいかない。彼ほど優秀な産婦人科のエキスパートを潰すわけにはいかない。

   

しかし、自分は諦めが悪い。

 

彼らは、この街にとって必要だし、自分たち子育て世代の気持ちは十分に伝わっている。

  

現時点では、佐野産婦人科医院の院長先生は、「この地から去る」とおっしゃっているが、「浦安を去る」とはおっしゃっていない。

 

ここに一縷の望みを託したい。

 

一般論だけれど、行政や議会に対応をお願いしていたら間に合わないと思うので、後で頑張ってもらうことにして、まずは民間の力だけで何とかできないかと思う。

 

このサイトにアクセスしてくださる方々の中に、浦安の不動産業のお父さんが何人かおられたはずだ。

 

この街でとても有名な不動産業者の社長さんが見てくださったという話をお聞きしたこともある。

 

ぜひ、関係者の皆様にご協力いただきたいことがある。

 

新浦安の中町エリア(富岡地区を除く)か新町エリアで、佐野産婦人科医院くらいの規模の施設を建築できそうな土地、もしくは建物がないか、探して頂けないだろうか。

 

このままだと、実際のデメリットだけではなくて、この街のイメージダウンにも繋がってしまうと危惧している。すでに遅いかもしれないけれど、できるだけ早く火を消すとともに、彼らの苦痛を取り除きたい。

 

浦安というのは陸橋を隔てて別の町のようになっているので、元町エリアと新町エリアでは情報の行き来すらあまりなかったりもする。

 

院長先生方としては、すでに浦安への気持ちが冷めてしまっているかもしれないけれど、彼らに感謝し、彼らを必要としている子育て世代の気持ちも伝わっているはずだし、院長先生のキャラクターを考えると、元町エリアよりも新町エリアの方がリラックスできると思う。

 

日の出小学校や日の出中学校のエリアは転入者が多いので、新しくやってきた子供たちに優しく、イジメが起こることも少ない。ご家族で引っ越されても安心だ。

 

すると、「そのための移転費用はどうするんだ?」という話になる。

 

今回の場合、とても残念だけれど、佐野産婦人科医院が移転して跡地を手放すつもりがあるのであれば、市からの公的予算を支出しなくても、移転のために必要な費用を用意できるのではないかと推測している。

  

このオプションを選択した場合には、トラブルの当事者同士のデメリットが小さい気がする。

 

これからも、この街の親子を助けてくださる存在なのだから、施設は新しい方がいい。

 

問題は、浦安の不動産業の方々の支援を受けることができるかどうか、そして院長先生方が浦安に留まってくださるかどうか。

 

将来、この街で出産して子育てをする夫婦、もしかすると成人して浦安に帰って来た自分の子供たちから、「どうして、あの当時の子育て世代は、こんなに大切なことをスルーしたの!?」と言われたくない。