妻「日の出小学校の通学路の見守りとか旗振りって、PTAの保護者じゃなくてプロの警備員さんの方が良いと思わない?」 夫「・・・すでに始まっている」妻「え?」


 

2017年4月14日

 

最近、千葉県内で小学生が襲われて命を奪われるという事件が発生した。

 

お亡くなりになったお子さんに心から哀悼の意を表します。

 

ご家族の計り知れないご心痛を察し、お悔やみ申し上げます。

 

そして、現時点での情報を整理し、この経緯が事実だとすると、犯人に対して怒髪天を衝く感情を持たざるをえない。

 

何ということだ。

 

激しい憤りを感じる。

 

残された家族においても悲劇でしかない。

  

日本の社会では、たくさんの人たちを救ったり、たくさんの人たちを守ろうとして、自分の命を削ってでも働いている父親だって、たくさんいる。

 

たくさんの人たちが安心して生活している中で気づかないことが多くて、感謝されることもないけれど、たった一つの笑顔を増やすために必死に頑張っている父親だって、たくさんいる。

 

他方、何だそれは。

 

本当に悲しい。

 

この事件が発生した際、現場が浦安市から近い場所だったので、浦安市としても市民に見守りを呼びかけたり、保護者としてもかなり注意していた。

 

浦安市の防犯課によるメールサービスは、一見、アナログに見えるけれど、ダイレクトに端末に情報が届くので、本当に頼りになった。

 

また、浦安警察署のパトロールも非常に効果的だと思った。

 

そして、今回の事件において、千葉県警は全力で行った。

 

千葉県に住む父親として、心より感謝申し上げたい。

 

やはり、各国から「世界一優秀だ」と賞賛される日本警察の実力は本物だった。

 

この事件の際、もう一つ重要だと思ったことがある。

 

それは、報道を含めたマスコミュニケーションの本当の実力だった。

 

最近では、ネット上でマスゴミとまで誹謗するユーザーが珍しくないわけだけれど、自分はゴミだとは思わない。

 

マスコミを擁護するつもりはないけれど、彼らの情報発信における力というのは、ツイッターやブログを遙かに凌ぐ。

 

その力の大きさを初めて実感したのは、別のエピソードだった。

 

以前、千葉県の流山市で心臓移植を待っていた女の子がいて、莫大な費用が必要になった。

 

ご家族や支援者の皆様は、街角や店舗、フェイスブックやブログで募金を呼びかけたけれど、目標となる金額には程遠かった。

 

自分もささやかながら募金したが、少しずつ女の子が弱っていく。心臓移植までのタイムリミットが近づいてきた。

 

「もうダメだ、間に合わない」と思った。

 

その時、たった一人の女の子を救うために日本国民に情報を発信した存在がいた。

 

日本の新聞社やテレビ局といったマスコミの方々だった。

 

その結果、予定していた募金が一気に集まり、女の子の手術は成功し、大切な命を救うことができた。

 

その報道においては、事実をありのままに伝え、募金が集まって手術が成功した時には、家族や支援者の言葉をありのままに伝えた。

 

自分はその姿を眺めて、彼らの力の大きさと可能性に感動した。

 

メディアの仕事で働いている方々の中には、子育て経験のある父親や、小さなお子さんを育てている父親もたくさんいるわけだし、彼らの気持ちが自分に伝わってきた。

 

彼らの取り組みがなかったら、大切な命が失われていたことだろう。

 

また、浦安市民であれば分かると思うけれど、浦安市が東日本大震災時の液状化によって崩壊した時、マスコミの皆さんは街の被害状況を的確に伝えてくださった。

 

市民の中には、「どうして浦安の被害ばかり報道するんだ!」と逆に怒っている方々もおられた。

 

しかし、自分は、メディアの方々が「浦安はこんなに困っているんだ」と伝えることで、全国に呼びかけて浦安を助けようとしてくださったのだと感じていた。

 

浦安のシティブランドは液状化と共に傾いた気がしたけれど、もはやそんなことを言っている余裕はないと思った。

 

いくら財政力が高かったとしても、浦安市だけの力で復旧し、復興するのは不可能だと思った。

 

実際に、ライフラインが寸断された浦安市を救おうとして東京都の下水道局が出動してくださったし、浦安市を元に戻すための国からの予算も投じられた。

 

たくさんの自治体の市民の方々、職員の方々からご支援頂いた。

  

また、今回の小学生殺害事件においては、子育て中の父親として何があったのか不安で仕方がなかったし、いくら近場であったとしても、どのような事件が起きたのかを自分で調べることができなかった。

 

そういった情報を日本全体に知らせ、注意を喚起したり、安全を守ったり、励ましたり、時に考えさせたり。

 

そのようなマスコミの取り組みは、全国レベルにおいて潜在的な予備軍に対する牽制になったはずだし、実際に子供たちを守ったかもしれない。

 

メディアというのは、社会において人々が必要としている情報を発信して、人々を繋げるという大切な役割があって、それが本質なのではないかと実感した。

 

この日本を守り、元気を与えてほしい。

 

これからのメディアの形を考えて舵を取るのは、自分と同世代の人たちだ。

 

彼らなら絶対にやってくれると信じている。

  

さて、今回の事件があって、うちの夫婦も深く考えさせられた。

 

自分としては、せっかくブログを運営しているのだから、父親として日の出小学校のPTAに積極的に参加したり、ブログで面白おかしいコンテンツを発信して日の出小学校のスクールプロモーションに貢献しようと思っていた。

  

そして、いくつか笑える記事を用意してみたのだけれど、バッサリと削除して真面目な記事を発信することにした。

 

煽っているわけではなくて、危機管理を考えた場合には模倣犯の出現の可能性についてもケアしておく必要がある。

 

しかも、今年度の日の出小学校のPTAの会長と副会長はお父さんだ。

 

彼らには、まもなく保護者が集まるPTA総会が待っている。

 

「あのお父さんたち、大丈夫なの?」という眼差しがお母さんたちから降り注ぐ蓋然性はゼロではない。

 

日の出小学校のお父さんたちは家庭を大切にする人たちが多くて、見守りや保護者活動にも積極的だったりする。

 

うちの妻から、「PTA会長を含めて日の出小学校地区の父親たちが勘違いされるようなブログ記事については、厳に慎むこと!」というプレッシャーが自分に向かって突き刺さった。

 

今度の日の出小学校のPTA会長と副会長のお父さんたちには、うちの子供と同じ学年のお子さんがおられて、保育園時代から顔見知りだったりする。

 

男同士というのは不思議なもので、少しでも話をしたり顔を合わせると、ある程度の性癖、いや嗜好については察することができる。

 

あくまで私感だけれど、日の出小学校のお母さんたちに伝えたい。

 

彼らは大丈夫だ。

 

男同士だから分かる。

 

彼らの奥さんがどういった感じの方々なのかも知っている。

 

だから、大丈夫だ。

  

それにしても、最近では父親が家庭のことに取り組んで、子供の世話や保護者活動にも積極的であることが大切だという流れになってきた。

 

しかし、今回の事件を受けて、そういった父親たちに対して、母親たちから疑心暗鬼の眼を向けられるのではないか。

 

しかも、子を持つ父親であるにも関わらず「○○ちゃん、LOVE☆」という感じで、萌え系のアニメや若いアイドルのファンであることをアピールしている人はたくさんいる。

 

事件が発生した後も、萌えツイートを連投している浦安の父親がいて驚いた。

  

善良なる萌え系の父親が悪だとは思わないし、異常な性癖と萌え系とは必ずしも一致しないわけだけれど、お母さんたちから見ると線引きが難しいかもしれない。

 

それはともかく、男の心の淵というのは非常に深い。

 

父親であっても、色々な嗜好があるわけだ。

 

必ずしも好みのタイプにジャストミートした女性と夫婦になっているとは限らないかもしれないし、父親になった後でも妻以外の対象にときめいたりもするかもしれない。

 

しかし、頭の中で悶々としていても、越えてはいけない一線というものがあるわけだし、父親であることを自覚すべきだ。

 

本当なのかどうか分からないけれど、ネット上にはPTAが不貞の場となっているという記事がたくさん認められる。

 

家庭生活であったり夫婦生活を続けていく中で色々とあって不満が蓄積し、PTAで他の世帯のお父さんとお母さんが出会って、お互いに割り切った状況の中で一線を越えてしまうそうだ。

 

「なんだそりゃ、小説とか映画なのか?」と思いはするが、実際に起こったら一気に家庭崩壊だぞと仏頂面になってしまったりもする。

 

今、気づいた。

 

日の出地区のお母さんたちが心配するかもしれないので、ヒノデダッズムのブロガーのフジヤマジロウの性癖、いや嗜好についても公開しておかねばなるまい。

 

そういえば、この前、うちの妻が、とあるお母さんから「お宅のご主人、毎日、お子さんと一緒に通学路を歩いて送っていますよね?」と不思議がられた。

 

そのお母さんはとても気さくで裏表のない素晴らしい人物で、ご主人も礼儀正しくて格好いいお父さんだ。

 

しかも、我が家は基本、たくさんの子供たちに対してオープンなので、休日は同級生たちがドアを開けて気軽に入ってきて、遊んで、おやつを食べて帰っていったりもする。

 

子供たちが公園で遊んでいる間は、自分ひとりで子供たちを見守っていたりもする。

 

なので、嫌みでも皮肉でもないのだけれど、周りがそのように感じているということは、井戸端会議のネタになったり、心配されるリスクがなくもないと思った。

 

では、子供たちの安全について知らないふりをする父親というのは、父親として本当に正しい姿なのか?

 

それと、誠実であったり、爽やかなパパを演じていても、自分のことを話さない人の方が怖い。

 

どうして自分が通学路の安全であったり、学校教育、そしてPTAについて関心があるのかという話だけれど、実は、自分はいくつかの一種の教員免許状を持っていたりする。

 

妻からは、「この免許状、使わないんだったら、ヤフオクに出したら? 」と言われて、それもありかと思ったけれど、教員免許状をオークションに出して何の意味があるのかと思ったりもする。

 

さらに、妻からは「教員免許って、更新制になったんでしょ? あなた、教師じゃないし、更新してないんだから、免許は失効でしょ? 」と言われて、失効ではなくて更新手続きを受ければ教師をやることはできると反論したかったけれど、「お、おう、免停だぜ」と答えてしまったりもする。

 

教育実習の頃、受け入れ先の先生方や校長先生からは、「君のような熱くて変わっている人は、ぜひ、学校の先生になるべきだ!」と、もの凄い押しで教員採用試験を受けるように勧められたことを覚えている。

 

子供たちから、「先生、うちの学校に来てね♪」という寄せ書きをもらって号泣したこともあった。

 

しかし、実習先の教頭先生から自分に飛んでくる視線は非常に厳しいものだった。

 

グレート・ティーチャー・オニヅカ、略称「GTO」でも、教頭先生というのは非常に神経質で、やっかいで、クレスタに乗っているキャラクターだったけれど、教員の資格を持っている人たちなら、どうして教頭先生があのような態度になるのかは分かる。

 

それについては、日の出小学校の教頭の百瀬先生を例に挙げながら、後で述べる。

 

教師というのはとても素晴らしい職業だけれど、学校現場というのは、学校の外の世界ではあまり知られていない独特のアレがあるので、自分は上手くやっていけないと思い、教師にならなかった。

 

けれど、「あのまま教師になっていれば、今頃は教務主任だろうか、そろそろ教頭なんだろうか。今みたいに通勤で苦しむことも、仕事のプレッシャーで胃が縮んで冷や汗を流すこともなかったんじゃないか」と遠い目をしながら人生を振り返ってしまったりもする。

 

それはともかく、普通のお父さんたちと比べると、自分は学校について詳しい。

 

一種の教員免許状というのは、真面目に授業や実習をこなせば取得できるのだけれど、やはりそれなりに努力しないと取得できない。

 

通常の学部のカリキュラムに加えて、教職科目の単位を取って、さらに実習まで行かなくてはならないので、朝から晩まで必死に大学に通う必要がある。

 

大学生というと遊んでいるイメージがあるが、ものすごく大変だった記憶が残っている。

 

さらに、教員によっては、どこの大学で一種免許状を取ったのかということを気にしたりもする。某通信制なのか、私立大なのか、国立大なのか。

  

うちの子供の担任の先生と面談があった時、妻が忙しそうだったので自分が出席したことがあった。

 

自分が教員免許ホルダーだということを担任の先生方にお伝えしたら、見た目のイメージと全く違うからなのか、明らかに先生方がドン引きしておられた。

 

授業参観があって、そこにやってきた父親が教員の資格を持っていたりすると、プロと呼ぶにはおこがましいけれど、やはりプロとして意識してしまうんじゃないだろうか。

 

ただの授業参観ではなくて、研究授業のような視線が飛んでくるわけだ。

 

授業のデザイン、全体の内容、時間的な配分、子供たちのレスポンスに合わせたアドリブ、最後のまとめなど、そういった訓練を受けた父親と、そうでない父親とでは、授業参観ひとつをとっても見ているところが違う。

 

ということで、せっかくだから日の出小学校の先生たちの授業のレベルがどの程度なのか、色々と見て回った。

 

率直な感想としては、「素晴らしい!」という一言に尽きる。

 

日の出小学校地区の場合、授業がやりやすいという状況もあるのかと思ったけれど。

 

この地区には優れた保護者が住んでいることも関係するのだろうか、子供たちまで頭の回転が速くて、上品な印象があった。

 

先生が質問を出して、一気に手が挙がって、しかも次々に正解するなんて、どんな小学校なんだと驚いた。

 

先生方の授業も素晴らしい。

 

小中学校というのは、学習指導要領があって、日本全国において可能な限り教育内容の平準化がなされている。

 

それが日本の学校教育の良い点だ。

 

しかし、その平準化にも限界があって、優れた先生方が集まって、良いリーダーがいると、学校自体に勢いが生まれ、結果として飛び抜けて素晴らしい学校になったりもする。

 

浦安市の新町エリアの日の出地区の場合、子供たちの学力レベルが高いという話を耳にしたことがあって、たぶん親の影響なんだと思うけれど、先生方としても授業が楽なんじゃないかと思ったりもする。

 

学校自体に良い雰囲気が生まれると、そこで働く先生方もそれがその学校のスタンダードだと感じ、一緒になって頑張ろうという気持ちになる。

  

自分が学生だった頃、二人の先生が学級にやってきて、一人の先生が授業をリードし、もう一人の先生が子供たちの習熟度などを見ながらサポートするというバディシステムは、まだ試行段階だった。

 

実際にやってみると色々とトラブルがあって、バディシステムが上手く機能するとは思いもしなかった。

 

しかし、自分が父親になって日の出小学校に子供を通わせていると、先生方はバディシステムを難なく使いこなしていたりする。

 

また、日の出小学校の特長としては、「国語教育」に力を入れていることだ。

 

この小学校は、低学年の段階から、とにかく子供たちに文章を読ませる。

 

本を読ませたり、音読させたり。それを保護者がチェックするようにプリントが配布されたりする。

 

うちの子供が一年生だった時の時間割を見て驚いた。

 

国語に関する授業がびっしりと並んでいた。

 

浦安には難関大学を卒業して、様々な分野で活躍している父親がたくさん住んでいるので、その理由が分かると思う。

 

昨今の教育では「英語力」に力を入れている学校が多いかもしれないし、保護者としても英語が気になっていると思う。

 

公立保育園の保護者が浦安市に「英語教育を!」と要望することもある。

 

しかし、 英語も大切なのだけれど、日本人は母国語である日本語で思考するので、日本語が固まっていない幼小児期に英語を詰め込むことについて、自分は違うと考えている。

 

まずは、日本語を子供たちにしっかりと学ばせることが重要だと思う。

  

大学受験を考えた場合にも、どの教科においても設問の多くは日本語で書かれている。

 

浦安には、将来、東京大学や京都大学の入試を受ける子供たちがいると思うけれど、保護者の皆さんは、試しに本屋さんで赤本を読んでみれば分かる。

 

もの凄く長い日本語の問題が並んでいる。

 

そういった日本語の長文を読んで、出題者の意図を察し、短時間で的確に答えるには、やはり国語力がないと話にならない。

  

社会に出ても、相手が送ってきたメールの文面を読んで、そこから用件だけではなくて心情までを察することは大切だと思うし、国語力がない人から送られてくる文章というのは、ビジネスにおいてマイナスになると思う。

 

世の中には色々な教育者がいて、色々な教育論を唱えているわけだけれど、そういった意見が間違っているとは言わないが、そういった人達の意見にはどのようなエビデンスがあって、そういった人たちの子供がどのような大人になったのかを紹介してほしいと思う。

 

さらに、日の出小学校のもう一つの特長は、イジメについて実にきめ細やかな対応がなされていることだ。

 

イジメがあると、担任が子供を叱ったり、保護者を呼んで話をするという光景をイメージするかもしれない。

 

しかし、日の出小学校の場合には、毎月のように子供たちにイジメの調査を行って、自分がイジメを受けたと感じた時には紙に書いて提出するシステムになっている。

 

うちの子供は「イジメアンケート」と呼んでいたが、これは素晴らしいと思った。

 

そして、担任の先生だけがそのクラスのイジメについて抱え込むのではなくて、日の出小学校のスクールカウンセラーが状況を調べて対応している。

 

おそらく、イジメを受けた子供のケアだけではなくて、イジメを加えた子供の心の中や性格、家庭の状況など、様々な要素を検討しながら、より良い方向に成長できるように対応してくださっていることだろう。

 

日の出小学校のイジメ対応は本当に凄いので、機会があればもっと詳しく紹介する。

 

この小学校は、地域との繋がりもしっかりしているし、本当に素晴らしい。

 

浦安の財産だ。

 

もとい、自分が教育現場に詳しいとはいえ、最近では、教員によるソッチ系の犯罪がなくもない。

 

やはり、自分の嗜好について、はっきりさせておこう。

 

自分の場合には、萌え系ではない。

 

もう一度、言う。

 

萌え系には全く関心がない。

 

萌え系ではなくて、サイバーパンク系だ。

 

サイバーパンクとは何かを説明するとそれだけでブログが成立してしまうので、ここでは紹介しない。

 

自分は田舎の出身だけれど、「サイバーパンクと言えば、香港か東京だ」と勝手に思って上京し、ビルが建ち並ぶ光景を眺めて一人で感動したりもした。

  

ということで、うちの妻と結婚する遙か前から、攻殻機動隊の「少佐」こと、「草薙素子」が大好きだったりする。

  

この点については、妻にあらかじめ申請して承認を受けている。

  

妻曰く、夫がアニメの中の草薙素子に恋心を持っても、何ら問題ないとのことだった。

 

勢い余って電脳空間にダイブしないよう、また、リアルな世界で草薙素子によく似た女性に出会っても付いていかないように注意を受けている。

 

そもそも、草薙素子は全身義体化されたサイボーグだ。脳と脊髄の一部しか残っていなくて、途中でそれらもなくなって、ネットの世界に溶けていった。

 

しかも、映画版での草薙素子の実年齢は厄年を超えている。

  

サイバーパンク系だと、銃夢の「ガリィ」も格好いいが、女性として見ることはない。

 

それと、サイボーグ009はそもそもサイバーパンクではないので、フランソワーズには全く反応しない。 

 

なので、全く心配ない。

 

「○ ○ちゃん、LOVE☆」と、年甲斐もなく若くて可愛い女の子たちにトキめいて、しかもそれが個性だと言わんばかりにはしゃいでいる父親たちを誹謗中傷するつもりはないが、お母さんたちに特定されたらどうするんだ?

 

お母さんたちの井戸端会議のネットワークというのは、時にインターネットの回線よりも大容量の高速通信だったりもするのだぞ。

 

しかも、高性能のAIを遙かに上回る自立思考式のネットワークなので、お願いしなくても、真偽の壁を越えて情報を発信してくださったりもする。

 

井戸端会議はお母さんたちが出会った場所で突発的に発生するため、情報伝達ポイントの特定は困難だ。

 

しかも、井戸端会議はデジタル回線を使用せず、常に周りを警戒しているので傍受は不可能。

 

各国の諜報機関でさえ井戸端会議の内容を分析することができないくらいの最強のセキュリティを有している。

 

萌え系の父親がいたら、現実とリアルの一線を越えてしまう危うさがあるんじゃないかとお母さんたちに誤解されかねない。

 

萌え系に比べて、サイバーパンク系の方が健全だと思わないか。

 

それはともかく、自分は、リアルな世界だと、ベテラン声優の「田中敦子」さんの大ファンだったりする。

 

彼女の透明感と、優しいながらもメタルな感じが素晴らしい。

 

彼女は、草薙素子やジョジョの奇妙な冒険のリサリサのセリフを担当していて、ハリウッド映画でも大物女優の日本語吹き替えには欠かせない。

  

私感だが、自分から見るとうちの妻は若い頃の田中敦子さんに面影が似ていると思い、「歳をとって自然に顔が痩せてきたら、田中敦子さんに似てくるぞ」と、将来に期待しながら結婚に踏み切ったという知られざるエピソードがあったりもする。

 

うちの妻を知っているお母さんたちなら、「あ-、そういえば、笑った顔がそうかもね」と思うかもしれない。

 

あくまで私感だけれど、女性というのは、若ければ良いという話ではなくて、四十路を越えた辺りから本当の美しさが顕れると思う。

 

人生を積み重ねてきた深みというか、強さというか、何か分からないけれど美しさがある。

 

しかし、妻が子供を産んだ後は、予想に反して田中敦子さんではなくて、草薙素子の性格に似てきた。

 

そして、草薙素子のまま進むかと思ったら、最近、のび太ママの「玉子」に似てきた。

 

色々なお父さんたちからお話をお聞きするけれど、結婚してからお母さんになると、最終的には、のび太ママに向かってベクトルが進むんじゃないか、だからこそ、多くの父親たちがドラえもんの世界観にシンパシーを感じて神妙になるんじゃないかという結論が導き出されたりもする。

  

お母さんたちがドン引きするくらいに脱線したところで話を戻す。

 

うちの夫婦で話し合ったのだけれど、その間の負荷を夫が他のことで減らすから、PTA活動については妻が参加した方がいいんじゃないかというコンセンサスが成立しそうな勢いだ。

 

自分としては、さっさと日の出小学校PTAの会長に立候補して、浦安市立小中学校PTA連絡協議会(浦安市P連)の総会に出席し、その会長や副会長とディスカッションをしようと考えていた。

 

テーマは一つ。

 

「P連の意義とは、何だろう?」

 

日の出小学校PTAは素晴らしい運営がなされているけれど。

 

今回の千葉県内の小学生殺害事件への対応や、その前の組体操の問題、市内の小中学校の施設の老朽化対応、色々な面で浦安市立小中学校PTA連絡協議会が踏ん張る必要があったと思う。

 

日本全国で問題になった組体操の件だけれど、浦安市内では過去二年間で毎年5名くらいの子供たちが骨折していた。

 

しかも、浦安市議会の動画でも公開されているけれど、浦安市は、千葉県から連絡があってから各学校に調査を依頼して数字を出したのだそうだ。

 

つまり、その時点までは学校での怪我について詳しく把握していなかったということになる。

 

組体操の中止を校長会において早々に決定した同じ千葉県の流山市では、問題が表面化した段階において、すでに各学校における怪我の種類や数についてのデータを把握していたようだ。

 

流山市はオープンデータにも積極的で、データの扱い方が非常に上手い。流石だなと敬服した。

 

一方、浦安市はデータガバナンスについて十分な状態なのだろうか。

 

そして、全国的に問題になってから浦安市の教育委員会や校長会が色々と考えたけれど、結果的には、それぞれの学校の判断で組体操を行うか否かを決めるという展開になった。

 

日の出小学校の場合には組体操が集団演技に変更されたけれど、安全に配慮するという前提で組体操を実施した小中学校が多かった。

 

三つの町が合わさった状態で色々な保護者がいるだろうし、校長会で意見をまとめるのが大変だったのかもしれない。 

 

結果、少なくとも3名の子供たちが骨折したそうだ。

 

浦安市P連がこの件についてどのように対応したのか、各PTA会員への説明が必要だと思う。

 

各PTAの方々は大変な負荷を覚悟で浦安市P連に取り組んでくださっていて、とても感謝しているけれど。

 

先ほどの組体操の実施については浦安市の教育委員会や校長会が判断し、各学校の判断に任せることになった。

 

そして、安全に気をつけるという対処はなされたが、結果として子供たちの骨折が相次いだ。

 

浦安市P連としては、組体操について議論して浦安市に働きかけるとともに、今回、各学校に組体操の実施を任せて骨折が相次いだことについて、教育委員会や校長会の責任と対処について議論する必要があったのではないか。

 

この団体は、それぞれのPTAが連絡しあって協議する会だ。

 

だからこそ、連絡協議会だ。

   

浦安市というのは、元町、中町、新町の三つの町が集まって、様々な考え方があって運営が大変なことは分かる。

 

浦安市の教育環境は充実しているので、あえて浦安市や教育委員会とテンションを張りたくない気持ちも分かる。

 

しかし、連絡協議会の本質は、スポーツ交流でも研修会でもない。

 

小学生や中学生の保護者の意見を集め、協議し、保護者の代表として浦安市と話し合い、より良い環境を整えることが大切だ。

  

それだけの力が、この団体にはある。

 

これからの日本では共働きの保護者の割合が高くなる。

 

待機児童問題であったり、PTAについての様々な批判であったり、そういった風潮が高まってきていることがその証拠だ。

 

他方、日の出小学校PTAは、非効率的な仕事を削り取り、様式美さえ感じる程に素晴らしい運営を行っている。

 

日の出小学校の学区の保護者の皆さんからは、「面倒なことは削ってサクサクとやろうよ、でも大切なところは残しておこうよ」という雰囲気を感じる。

 

また、この学区には、大企業にお勤めだとか、会社を経営しておられるとか、医師や弁護士、その他、ステータスの高いお父さんが多い。

 

お母さんたちの中には主婦も結構おられるのだけれど、ご主人の転勤の都合などがあって家庭に入ってサポートしているだけで、職場に出ればバリバリやれる高い能力を持った方々が多いと感じる。

 

共働きの世帯のお母さんたちは言うまでもなく、職場でバリバリと働いている。

 

適度な距離感を保ってドライな関係を維持している限り、この学区の保護者関係というのは非常に快適で、上品で、しかも高いインテリジェンスを有している。

  

PTAから保護者に配布される資料は、大切な要点に絞って分かりやすくまとめられており、まさに「簡にして、潔」という言葉のお手本とも言えると感服した。

 

PTAというと、何かとウェッブサイトを作ったり、フェイスブックを更新したり、広報誌や他の活動に熱心に取り組んだりすることもあるのだろうけれど、日の出小学校PTAの場合には、ネットを使った活動をやっていない。

 

自分にとってはその方が良いと思う。

 

役員や委員の選定の頃には、それぞれの担当が何をやるのかという詳しい一覧表が一枚の紙で配布されるのだけれど、これが本当に秀逸で驚いた。

  

しかし、浦安は小さな自治体ではあるけれど、地区ごとの雰囲気が違うので、日の出小学校PTAのような素晴らしい運営を浦安全体で行うのは難しいかもしれない。

 

 


 

通学路の話に戻る。

 

小学校の話になってくると、浦安市P連レベルの役員にならないと浦安市にモノ申せないのかというと、違う。

 

学校に何かあった時、単位PTAだけではなくて、浦安市P連に入っておいた方が守ってもらえるとか、そういった気持ちがあるかもしれないが、個人的には、違う。

 

今まで守ってほしいと思ったことがたくさんあったけれど、浦安市P連はどのように対応したのか。

 

それと、明海地区の小学校や中学校のPTAは、浦安市P連に加盟していない。隣の日の出南小学校PTAも浦安市P連に加盟していない。

 

では、そういったPTAは浦安市内で孤立したか? 守ってもらっていないのか?

 

そんなことはない。

 

どのPTAも立派に運営されているわけだし、子供たちだって元気に成長している。

 

浦安の場合、あくまで私感だけれど、日の出小学校について課題が認められた時、浦安全体について要望するよりも、日の出小学校についてスタンドアローンで対応した方が、実現が早い。

 

それは自治体によっても違うのだけれど、市民一人ひとりの声を大切にする、また、総論というよりも各論を積み重ねて課題に対処する感じの浦安行政の姿勢が、学校現場にも反映されている気がする。

 

それは、市全体において事業化する場合の予算規模や、校長会の判断等の色々なことが関係するように思える。

 

自分の子供が通っている小学校について何か課題を見つけたら、普通ならPTAに相談して、PTA会長から学校に相談してもらうという形になるかもしれない。

  

しかし、本当に筋が通った意見であれば、別に集団で対応せずに、自分の意見をきちんと伝えた方がいい。

 

本当に必要だったら対応してくれる。

 

この街は浦安なのだから。

 

さて、日の出小学校において新年度の保護者対象の懇談会があった。

 

うちの世帯では妻が出席したのだけれど、あまり激しくはないが、今回の千葉県内の事件を受けて、お母さんたちの間で、父親による通学路の見守りについて心配する声が挙がっていたようだ。

 

毎日、子供を送って行きながら、うちの子供だけでなく他の子供のことも考えつつ、通学路の安全を確認する習慣がある自分にとって、非常に大きな精神的ダメージとなった。

 

実に肩身が狭い。

 

自分が通学路の安全についてシビアなのは、教員の資格を得る際、「学校現場というものが通学路の安全についてもっと深刻に考えるべきだ」と思ったことに始まる。

 

今だって、毎年のように小学生たちが交通事故によって命を落としている。

 

浦安だって、少なくとも過去に3人の子供たちが亡くなっている。

 

浦安の子どもたちを交通事故から守るためにはどうしたらいいのか? 亡くなった小学生たちのことを、僕は忘れない。

 

日の出地区の場合には、新町エリアの他の地区と同じくガードレールがない場合が多い。

 

小さな子供達のすぐ横を大型の車や自家用車が走っている。

 

バランスを崩したり、同級生に押されて転んだら大変なことになる。

 

実際に交通安全課の人たちとも話をしたのだけれど、彼らだって歩道の看板や交通安全指導など、市民のために出来る限りの努力を続けているとのことだった。

 

「交通安全」課という名前だけれど、警察署が担当するような内容まで市民から要望があって、さすがに厳しい時が多いそうだ。

 

また、大型車の通行を規制するといった条例がないという話だった。

 

浦安警察署も頑張っているのだけれど、これだけの交通量があるとさすがに厳しいという声を耳にした。

 

今の状況で、通学路の歩道にガードレールを付けると、通行する車の速度がさらに上がって、その隙間から子供達が信号機のない横断歩道を歩いた場合、逆に危険になるかもしれないという話を浦安市交通安全課の人から聞いた。

  

そして、先ほどの記事で考察したけれど、自分としての答えは、「通学路の警備員の増員」だった。

 

もう一度、詳しく言う。

 

「子供たちの通学路の安全を守るためには、警備会社から派遣されたプロのガードマンを各学校の通学路に配置すべきだ。」

 

日本トップクラスの浦安市の財政力を考えれば、朝夕の通学路に警備員を配置するのは何ら困難ではない。

  

自分としては、アウトカムが不明瞭なハコモノにかけるお金があるのなら、通学路にプロの警備員を配置してほしいと思う。

 

子供たちの安全とハコモノを天秤にかけること自体がナンセンスだし、ハコモノにお金をかけるくらいなら、これからの日本を支える子供たちの安全にお金をかけるべきだ。

 

子供たちだけではなくて、同時に高齢者を守ることもできる。

 


 

それと、自分としては、通学路の見守りというか、旗振りというか、そういったことをどうしてPTAのお母さんたちが担当しているのか、教員資格を取っている時から不思議に感じていた。

 

それは行政の役割なんじゃないか。

 

確かに小中学校の先生方は非常に忙しいのだけれど、学校のことを本当に想う気持ちがあるのなら、行政に要求すべきだ。

 

例えば、小学校の通学路において、信号機がついていない横断歩道であるとか、大型車が右左折する交差点であるとか、市民が自転車に乗って頻繁に通行する歩道であるとか、そういった場所にPTAのお母さんたちが立って見守っていたとする。

 

警備について訓練を受けた保護者なんてほとんどいないことだろう。

 

そして、子供たちが車にはねられそうになったとする。

 

警備員であれば場数を踏んでいるので、そういった事態になる前に回避できるかもしれない。

 

最悪の事態として、PTAのお母さんが横断歩道で見守りや旗振りをやっていて、通行してくる自動車に気づかず、子供たちに「はい、渡ろうね」と声をかけて旗を出してしまったとする。

 

保護者の声に応じて横断歩道に出てしまって、その瞬間に自動車がやってきたとする。

 

そして、子供たちがはねられたとする。

 

そのお母さんが、事故の責任をとるのか?

 

責任という単語は分かりやすいようで実に多様な意味があって、この場合の責任が、どんな意味なのか自分でも明確にできなかったりする。

 

さらに、旗振りの当番がまわってきたけれど、その当日に忘れたとか、面倒なので行かなかったとする。

 

その当番の日に誰も横断歩道にPTAの保護者が立っていなくて、小学生が自動車にはねられたとする。

 

その場合、当番の役目を守れなかった保護者は、何か責任をとるのか?

 

PTA会長が責任をとるのか?

 

小学校や浦安市が責任をとるのか?

 

おそらく、誰も責任をとらないと思う。

  

つまり、通学路の保護者による交通安全指導というのは、一見するとボランティアとして素晴らしいと思うけれど、最悪の事態になった場合には責任の所在が不明確な取り組みでもある。

 

 志願してそのような事故が起こっても気の毒だし、持ち回りで当番がまわってきて断り切れないことだってある。

 

一方、全国では見守りの最中に身を挺して子供を守ろうとして亡くなった方もおられる。

 

もし、PTAのお母さんが、他の世帯の子供たちを守ろうとして事故に巻き込まれたら、学校側は責任を取るのか?

 

PTA会長は責任を取るのか?

 

残された夫、残された子供たちにとって、「PTAでは保険に加入しているから」といった言い訳は通用しない。

 

真面目になって考えると、通学路のPTAによる旗振りの交通安全指導というのは、実は問題がある取り組みなのではないか。

 

小学校の校長や教頭から見れば、警備の費用や、教職員の負荷を節約できるので有り難いだろうけれど、それは保護者の仕事ではない。

 

保護者が地域を見守るというのは大切だと思うけれど、ここまで交通量の激しい浦安においては、プロの警備員が必要だ。

 

あまり車も通らない田舎の小学校だったら話は別だけれど、浦安の場合には地方の主幹道路くらいの交通量があるのだから。

 

それと、PTAというのはそもそもお母さんたちの義務ではないし、共働きが増えてくれば、父親がPTAを支える必要がある。

 

しかし、先の事件が起きた。

 

子供の見守りに積極的な父親としては肩身が狭い。

 

もう一点、通学路における警備員の配置について考えておきたいことがある。

 

自分はこの一年間、自分の子供の通学路に連れ添った。

 

時に、妻から「何やってんの!」と叱られたこともあるし、連れ添っている子供からも、「パパ、恥ずかしいのでやめてくれないかな?」と嫌な顔をされたことがある。

 

しかし、やめない。

 

どうしてかというと、子供が小学校に入学してすぐの頃、保育園の送りもかねて通学路を歩いていたら、途中の道路に何やら不思議な雰囲気の車が止まっていたからだった。

 

車のプレートは、この地域の習志野ナンバーではなかった。

 

市内の業者の車とか保護者の車かな、ディズニーにやってきた人かなと思ったのだけれど、何だか不思議だった。

 

中に乗っていたのは、いかにもな感じの男性で、何かを物色するかのように子供たちを眺めていた。

 

片手にはスマートフォンを持っていて、何やら周りに向かってカメラを向けていた。

 

「ポケモンGOなんじゃないの?」と言われそうだけれど、そのアプリが公開される前の話だ。イングレスをやっているとも思えなかった。

 

日の出小学校の学区の場合には、地域住民の眼が薄いわけではなくて、むしろ、団地によって何重にも重なった住居が並んでいるので、様々な角度から監視の目が届いているのだけれど、それに気づいていない感じだった。

  

ということで、もの凄く物騒な人たちが前からやってきても全く避けず、逆に挨拶されてしまうくらい人相が悪く、人類学的にはゴリラのように屈強な実父から鍛えられ、ヤンチャな若い衆がいても、井戸端会議のターゲットになっても全く気にしない自分は、一度通り過ぎてから車に近づいて、「やあ、おはようございます」と挨拶をしたら、もの凄い勢いで去って行った。

 

おかしい。

 

自分の人相はあまり良くないけれど、小さな子供を連れた父親から声をかけられて、あんなに急いで立ち去る意味が分からない。

 

かといって、そういった人たちに職務質問をするのは所轄の仕事だし、ただの地域住民でしかない自分としては、どうしたものかと思った。

 

そして、通勤中の電車の中で状況を推理して重い気持ちになった。

 

このご時世、そういった人たちというのは、必ずしも完全にスタンドアローンで動いているとも思えず、互いにSNSで繋がっている可能性だって否定できない。

  

そして、今でも不審な車を目にしたら近づいて声をかけて、何か不思議な感じがあったら、カーナンバーを記録して、ためらわずに浦安警察署に通報することにしている。

  

もしもそういった人たちがネットで繋がっていたとしたら、日の出小学校地区にはすぐに警察に通報するお父さんが見張っているという情報が広がるはずだし、その情報自体が抑止力になると考えたからだ。

 

また、通学路の近くに停車している業者などの車を見かけたら、運転手に挨拶して、通学路の見通しが悪くなったり、通行する地域住民に対して迷惑なので、移動するように声をかけることもある。

 

従わない時には、浦安警察署に相談することにしている。

 

自分自身のことは自分で守ればよいのだけれど、通学路を通っている子供たちは無防備だ。

 

同時に、うちの妻もそうなのだけれど、小学生の保護者というのは、自分たちの子供の安全について楽観的過ぎる。 

 

そのような場合にも、通学路に警備員が配置されていれば何かと安全だ。

 

子供が連れ去られそうになっていたとして、見守りで立っているお母さんたちが身体を張って救出するというのはどうかと思う。

 

父親だって大変だ。

 

そういった事件を未然に防ぐためにも、プロのゴツい警備員が目立つ制服で通学路を守ってほしい。

 

さらに、警備員の頭、肩、もしくは胸の辺りに、小型カメラを装備してもらいたい。

 

最近では、広角かつ高解像度で撮影できるデジタルカメラが廉価で販売されている。

 

そして、そのデータを浦安市のハイブリッドクラウドに転送するわけだ。

 

そして、何かがあれば映像を千葉県警に提供すればいい。

 

これなら、普通の防犯カメラよりもさらに効果が上がるし、そのことを広報すれば、事件や事故の抑止力にもなる。

 

警備員本人の行動についても映像で記録される。

 

それは警備員を疑うためではなくて、信じるための対応だ。

  


 

さらに困ったことに、日の出小学校PTAの保護者の皆さんは旗振りや見守りをやってくださるのだけれど、たまに誰も立っていないことがある。

 

忙しかったり、どうしても立てないことがあるだろうし、そもそも、保護者がなぜ立たねばならんのだ、日本トップクラスの財政力を支えている市民に担当させることなのか、浦安市役所の職員は何をやっているのだと思いはする。

 

そして、警備員も立っていなくて、子供たちが歩いていることがある。

  

そこを大型車がかなりのスピードで通過していて、小学校低学年の子供たちが歩いている。

 

しかも、たまに不審者情報の話が聞こえてくる。

 

ということで、自分は、日の出小学校の管理職と一対一で話し合うことにした。

 

別に、ボルテージが上がっていたわけではなくて、どういった方針なのかを尋ねて、警備員を増員してほしいとお願いしたかっただけだ。

 

当然だけれど自分はPTAの役員でも何でもない。

 

そもそも、PTAの役員か否かで保護者の格に何の関係があるのか。

 

PTAというのは学校組織の一部ではない。

 

単なる任意の集まりだ。

 

そして、日の出小学校の教頭の百瀬聡先生に相談させて頂いた。

 

ここで、知っておくと有用なポイントがある。

 

保護者が小学校について何かを感じて、より良くするために相談する相手先はどこなのかということだ。

  

普通に考えると、PTAとか担任の先生に相談するという方法があるのだけれど、往々にして目的に向かって遠回りすることがある。

 

自分の子供がイジメを受けているとか、担任の先生に問題があるとか、学校の施設が傷んでいるとか、そういった課題の種類によって対応が異なる。

 

自分が教員の目線に立った時、保護者からPTAに相談があって、PTAから学校に問い合わせがあるというパターンだと、気が重くなる。

 

それは実際の小学校の先生方も同じかもしれない。

 

それと、教員目線で考えた場合、よくありそうだけれど最も避けたいのは、個別の案件について市議会議員に相談することだ。

  

議員の人たちとしては、市民の声に何とかして応じたいと感じて一生懸命になってしまうだろうけれど、小学校サイドが身構えてしまうリスクがある。

  

また、小学校に相談せずにダイレクトに教育委員会に問い合わせるという人もいるかもしれない。

 

もしくは、市長への手紙とか市役所の窓口にメールで要望を送る人がいるかもしれない。

  

今回の場合、あまりに危険だと感じる通学路のポイントに警備員を配置してほしいという内容なので、小学校レベルの話ではなくて、教育委員会の教育総務部の話になってくることが予想された。

 

かといって、小学校側には仁義を切っておく必要があるわけで、小学校を経由して行政に要求を伝えるというルートがあったりもする。

 

その他にも、学校評議会で話し合っていただくルートもあったりする。

 

PTAというのは大切な組織だけれど、あくまで任意参加の団体だ。

 

小学校サイドとしてPTAに強く依存している場合もあるし、PTA側からの要望でより良い方向に進むこともあるけれど、実際に小学校の外の人たちと一緒に教育現場の舵取りをするのは、「学校評議会」だったりする。

 

評議会の場合には、PTAと違って公式な集まりなので、協議された内容は記録され、学校運営においても重要な意見となる。

 

普段の生活の中で小学校の評議員をお務めになっている市民の方と繋がりがあると、筋が通った意見ならば応援して頂けることがある。

 

また、小学校の管理職等の方針や仕事に問題があって、地域との間でトラブルが生じた場合、PTAとも話し合うのだけれど、評議会が重要な砦となる。

 

自治会のイベントに行って自治会長にご挨拶差し上げたりすると、学校評議員の方をご紹介頂けたりもする。

  

学校評議員は、実際にその学区で生活されてきて、PTAや自治会においてもご尽力くださっている方々が多い。

  

教員の目線から見た場合、温和で優しい学校評議員が集まっていたりすると安心できるけれど、突っ込みの鋭い学校評議員が集まっていると、その会合の前後で校長先生が激しく消耗していたりもする。

 

しかし、学校評議会が小学校に対してあまりに迎合してしまうと、チェック機能が働かないので、(校長先生や教頭先生には気の毒だけれど)保護者としては必要に応じてガツンとやってもらえると安心だ。

 

日の出小学校の学区の場合、学校評議員の方々はとても人徳があって、日の出地区の街づくりを支えてくださっていて、しかも保護者としての先輩でもある。

 

素晴らしい小学校と、そうでない小学校の違いは何かと言うと、たくさんの要素があるわけだけれど、学校評議会の実力が関係する局面が多々ある。

 

日の出小学校に子供たちを通わせていると、本当に素晴らしい学校だと感動する。

 

また、小学校だけではなくて、日の出地区という街全体が、親子を守ってくれている印象がある。

 

そういった取り組みの中においては、評議員の方々のご尽力があって、保護者はもっと気づき、感謝すべきだ。

 

とはいえ、今回の場合、いきなり学校評議員に相談するのも抵抗がある。

  

色々なルートが想定される中で、最も重要な人物がいる。

 

教頭先生だ。

 

自分は教員免許を持っているし、ある程度、学校現場の内情を知っているので、教頭先生とお話できて都合がよかった。

 

GTOという漫画には、教頭先生というのは、もの凄く神経質で、批判的で、疲れていて、クレスタに乗っていて、何だか感じの悪いキャラクターが描かれている。

 

金八先生でも、スクールウォーズでもそうだったかもしれない。

 

そして、学生が教育実習に行った時も、教頭先生というのはとかく細かくて疲れることがあるかもしれない。

 

しかし、自分が職業人になり、四十路の父親になると分かる。

 

教頭先生というのは、すっごくハードな役割なのだ。

 

もちろん校長先生もいるわけだけれど、校長というトップになれば、普通にやっていれば、そこから下になることもない。

 

しかも、校長先生だって忙しい。

 

しかし、学校の様々なことを取りまとめるのは教頭先生だったりもする。

 

子供たちの安全に関わること、成長に関わること、そういった子供たちのことにケアしながら、教職員一人ひとりのこともフォローして、さらに校長や教育委員会のことまで考え、さらに、PTAのことまで担当しなくてはならない。

 

加えて、校長先生に昇格することも考えて、試験勉強のことまで考えるわけだ。

 

学校で何か事件や事故があったら、教頭先生は間違いなく責任を取ることになるし、そうなると校長先生になれるかどうかも分からない。

 

しかも、ここで大公開していいのか分からないけれど、真面目に教育実習に行くと分かることだけれど、小学校の職員室というのは、実に色々な人間関係があったりもする。

 

一般論ではなくて、自分の経験の範囲内だけれど。

 

あくまで私感だけれど、教諭同士にも好き嫌いがあるし、優秀な先生のことは他の先生が褒めたり、あまり頑張っていない先生のことは、他の先生が陰で色々言っていたこともあった。

 

しかも、学校という職場は想像以上に閉鎖的な側面があって、色々と気を遣ってしまった。

 

自分が実習生だった時は、学年主任クラスのベテラン女性教諭の方々からの受けが良くて、とても大切に扱われていたので、あまり複雑な人間関係に巻き込まれずに済んだ。

 

しかし、この人間関係は思ったよりも厳しいぞと感じた。

 

教頭先生というのは、スーパーバイザーとしてそういった色々なことを上手く調整しつつ、学校全体を取り仕切っていかなくてはならない。

 

かといって、最終判断は校長先生なのだし、教職員との板挟みになったり、時に孤独になってしまったり。

 

ここまでの激務に耐えているのに、世の中の教頭先生へのイメージを考えると気の毒になる。

 

ただし、自分が百瀬聡先生とお話させて頂いた感想としては、、、

 

「自分が小学生の頃、百瀬先生が担任だったら良かったのに」と思える程に懐が深くて、理解力がある教諭だった。

 

何だろう。

 

すごく清潔感のある思考をお持ちだ。

 

彼には、若い時から今まで、真剣に子供たちと向き合い、教育現場と向き合い、真っ直ぐに歩み、地道に積み重ねてきた教師としての風格が感じられた。

 

教師っぽい人と言われればそうなのだけれど、職業人の先輩として敬服に値する素晴らしい先生だ。

 

GTOの教頭のように、百瀬先生がクレスタに乗っているのかどうかは分からない。

 

父親に似ずにこだわりのある自分の子供に尋ねても、「百瀬先生はとってもいい先生だよ」と胸を張っていた。

 

そして、自分は教頭の百瀬先生に「日の出小学校の通学路の警備員を増やしてほしい」とお願いした。

 

保護者が子供たちを守りきるのは限界があるし、子供たちのことを考えていないわけではなくて、どういった責任の所在になるのかも分からない。

 

そもそも、PTAがやることなのかと。

 

たった一人の父親の意見なんて、教頭先生にとってはクレームの一つでしかないと思っていたりもした。

 

ただ、自分としては、浦安の小学校全体において警備員を増やしてほしいとお願いしたのではなくて、日の出小学校の保護者なので、日の出小学校の警備員を増やしてほしいとお願いした。

  

新町エリアの日の出小学校のことは、日の出小学校の保護者が考えることだ。

 

百瀬先生が日の出小学校に異動される前、彼は元町エリアの北部小学校におられた。

 

北部小学校のことは、北部小学校の保護者が考えるべきことだ。

  

しかし、浦安市に住む父親として無視することもできない。

 

とはいえ、浦安市内全体の通学路の警備員を増やすのは大変だし、その実現に向けて、どの程度のアウトカムが得られるのかという根拠が足りない。

 

そこで、「日の出小学校の裁量で対応できる範囲内で構わないので、浦安市内のトライアルも兼ねて、明らかに危険な場所に警備員を配置してください」と百瀬先生にお願いした。

 

当時の日の出小学校の校長先生は、三橋先生だ。彼女も、今まで出会ったことがないくらいに素晴らしい校長先生だった。

 

全国的に組体操が問題となった時にも、三橋先生と百瀬先生の強力なタッグ、そして他の先生方の取り組みは非常に素晴らしくて、すぐに組体操が集団演技に入れ替わった。

 

そして、百瀬先生から「実現するかどうかは明言できませんが、できる限り検討してみます」という返事を頂いた。

 

そして、しばらくすると、日の出小学校は、通学路を守ってくださる警備員さんを増やしてくださった。

 

日の出小学校の保護者の皆さんは、信号機のない横断歩道において、旗振りのPTAの当番の方と、警備員さんが一緒に立っているという不思議な光景を見たことがあるかもしれない。

 

「警備員さんが立っている時は、PTAの当番はなくてもいいのに、、、」と思うし、全て警備員さんで構わないと思うのだけれど、まだPTAで検討されていないのかもしれない。

 


 

そして、新年度を迎え、懇談会を終えて自宅に帰ってきた妻と話をすると、先の千葉県内の事件について、ママさん同士の間でも話があったとのことだった。

 

PTAの旗振りや見守りを父親がやることについても意見が出ていたそうだ。

 

何とも肩身が狭い。

 

自分についても、ママさんたちの噂の標的になっている気がする。

 

「だからって、PTAのお母さんたちが全部やるのも大変だから、旗振りとか見守りは、全て警備員さんにやってもらったら?」という声があったそうだ。

 

そして、うちの妻も同じ意見だった。

 

ただ、妻は知らない。

 

日の出小学校では、すでに警備員が増員されていることを。

 

そして、それを言い出したのは自分の夫で、頑張ったのは教頭の百瀬先生だということを。

 

あくまでトライアルだと思うけれど、PTAの保護者ではなくて、プロの警備員が子供を守る街があってもいいではないか。

  

「うちの小学校の通学路、ここが危険なんだよね」という懸念があったら、我慢せずに教頭先生に相談することをお勧めする。

 

父親というのは、自分の子供たちを守る責任がある。

 

そんなことまでお母さんたちに任せるのではなくて、父親が学校側と話し合おう。

 

そうやって各学校でスタンドアローンで取り組んでいれば、そのうち浦安全体に波及し、その意義が明確になり、その良さは日本全体に広がる。

 

そして、子供たちをもっと守ることができる。

 

PTAの保護者が通学路を守らなくてはならないなんて話は、法律にも条令にも記載されていない。

  

今までの古いシステムは、それまでの保護者が考えたことだ。

 

彼ら、彼女らに最大の敬意をもって感謝するけれど、これからのシステムのことは、今の保護者が考えることだ。

 

しかし、妻に、日の出小学校の通学路の警備員について事の経緯を説明し、いかに自分が真剣に取り組んだのかを説明したところ、感謝の言葉どころか、「また、余計なことを、、、」という視線が飛んできた。

  

日の出小学校のお母さんたちの多くがそんな雰囲気なのだろうか。

 

誰かが努力しても感謝せず、けれど誰かやりなさいよという風潮は、今の保護者において珍しくない。

 

しかも、何かについて努力しようとする父親が浮いてしまったり、噂話のターゲットになるというのは、何だか不条理な気がする。

 

周りから何と言われても、子供たちを守るためには仕方がない。

 

事件や事故が起こってから後悔したくない。