認可外保育園にお世話になった時の思い出:浦安わかば保育園の先生方に感謝を込めて

 

2015年2月11日

 

そろそろ、浦安市では認可保育園や認定こども園などの利用調整が終わり、各世帯に通知が配布される頃かと思います。

 

その度に重い気分になります。うちの世帯では、認可保育園の利用を申し込んだ後、希望通りに決まったことがないからです。

 

他の自治体では、育休明けのタイミングに合わせて保育園を予約できるというシステムが用意されていることもありますが、浦安市では予約制度がありませんでした。

 

現在でも予約制度がなかったと思います。

 

保育園の空き状況を見ても、ほとんどの認可保育園の定員が埋まっていました。「市立幼稚園では定員がたくさん空いているのに」と、辛い気持ちになりました。

 

浦安市は、これまでに保育園の定員を可能な限り増やしてきました。同時に、定員が増えた分だけ、利用希望者が増えるという潜在的ニーズに苦しんできました。

 

浦安市は、認可保育園を利用できなかった世帯が認可外保育園を利用する際、経済的負荷が偏らないように補助金を出してくれます。

 

元々、浦安市では、認可保育園の保育料自体が他の自治体と比較して低価格に抑えられています。浦安全体の保育に関係する予算は、数億円どころか、一桁上の額だと思います。

 

けれど、保護者としては、「認可外」という響きがとても重く感じました。認証保育園や簡易保育園という名称ではあるけれど、認可を受けていない保育園に子どもを預けることに抵抗があったのです。

 

他の世帯のお子さんたちは、園庭がある大きな保育園に通えているのに、自分の子どもは、園庭もないような施設、例えば、駅ビルや一戸建ての施設に預けられる。

 

子どもにとって、たった一回の人生です。出来る限り他の子どもたちと同じ環境で成長させてあげたいと思っていました。悔しくもあり、悲しくもありました。

 

けれど、実際に浦安市内の認可外保育園に子どもを預けてみると、施設面での制約を打ち消すかのように、まさに認可保育園を上回るような素晴らしい保育をご提供頂いていることを実感しました。

 

大規模な認可保育園にはその良さ、小さな認可外保育園にもその良さがあることを学びました。

 

お世話になった認可外保育園の先生方へ、感謝の気持ちを込めて文章を綴りたいと思います。

 


浦安わかば保育園(旧:ちびっこランド浦安駅前園)

 

当代島地区のちびっこランド浦安駅前園は、現在、一般社団法人になって浦安わかば保育園という名前になりました。北栄地区に移転しました。

 

(スマートフォンでこちらのサイトを閲覧する際には、スマートフォン表示にするかどうか尋ねられるので、それをキャンセルするとサイトを閲覧できます)

 

このページでは、浦安わかば保育園という名前で統一させて頂きます。

 

最初の子どもを保育園に預ける際、僕たち夫婦は、とても不安な気持ちで認可外保育園を探しました。すでに認可保育園は一杯でしたから、4月入園を待たざるをえませんでした。

 

けれど、育休が終わってしまいますから、それまでの期間、どこかに預けないと仕事を続けることができません。わが子を抱っこして、色々な認可外保育園を探しました。

 

浦安市が配布している資料には、それぞれの認可外保育園へのリンクがありません。自分でホームページを一つずつネットで検索して、サイトを開くという作業を繰り返しました。

 

認可外保育園に電話をかけて空き状況を確認したのですが、空きが埋まっていることが多くて辛い気持ちになりました。

 

このままだと、今の生活が維持できなくなる。どうしよう、こんなはずでは、、、と思いました。

 

そして、焦る気持ちを胸にたどり着いたのが、現在の浦安わかば保育園でした。

 

園長先生は、篠田泰壽さんでした。彼は、僕の父親よりも少し若いくらいでしょうか。洒落た老舗バーのバーテンダーのような雰囲気で、ブリティッシュトラッドの洋服が似合いそうでした。

 

青春時代には、当時に流行した七三分けで髪を固め、肩で風を切って歩き、女性からとても人気があった、、、のだろうなぁと思える紳士でした。

 

保育士さんから見ても、理想の園長先生なのではないでしょうか。

 

見学といっても、認可外保育園の場合には規模が小さいですから、すぐに保育室を見渡せます。駅の近くのビルの中にある保育園でしたから、園庭もありません。

 

大きな保育園と比べると確かに狭い気がしましたが、子どもの数を考えるとそれほど違和感がありませんでした。

 

「子どもの数に比べて、スタッフの皆さんの数が多いな」「小さな子どもでも安心だな」と感じました。

 

見学の際、エプロン姿の篠田先生は、子どもを優しい表情で見つめた後、ひょいと抱っこをしてくれました。

 

当時、うちの子は男性が抱っこすると人見知りして泣いたのですが、篠田先生が抱っこをすると、全然怖がりませんでした。

 

すぐに、篠田先生は「ああ、分かりました」とニコニコしながら、子どもの性格や癖を把握されました。その時、僕たちは、この保育園に子どもをお願いしようと決めました。空きがあるという話でしたので、その日に入園の申請書類を揃え始めました。

 

浦安市の利用調整がないと不安な気がしますが、浦安市の認可外保育園の場合にはホームページが充実しているので、サイトへのリンクさえあれば保育園探しはそれほど大変ではないと思います。

 

ただ単に紙に印刷されたリストを渡されて、自分で探せと言われると辛いです。けれど、今はネットがありますから、自分で空きを調べて、見学して決めれば、通知を待つ必要もありません。

 

色々と訪問しましたが、認可保育園待ちであると伝えても、嫌な顔をされることはありませんでした。

 

「0~2歳児の保育はとても大変で気を遣うけれど、実は、とても可愛くて楽しいのですよ。少しの期間でも出会えることが嬉しいです」とおっしゃる園長先生もおられました。

 

また、批判を恐れずに言えば、保育園というのは園長のカラーがとても大きく反映されると思います。

 

園長に信念やリーダーシップがあれば保護者は頼もしく感じ、園長が気さくで思いやりがあれば保護者は打ち解けてリラックスできます。

 

加えて、スタッフの先生方が、とても明るくて溌剌と働いておられました。疲れを隠して頑張っているというよりも、とても自然な笑顔でした。やりがいのある職場なんだろうなと感じました。

 

何より、保育を受けている子どもたちの表情や仕草を見て安心しました。とても楽しそうに生活していましたし、年上のお子さんが、年下のお子さんたちを思いやって優しく接する姿も見受けられました。

 

一番年長のお子さんは、そのまま小学校に入学するという話でしたが、先生方からも頼りにされていて、とても立派でした。

 

実際に子どもを預けてみると、とても大切に育てて頂き、「もう、それ以上は結構です」と思う程の素晴らしい保育でした。

 

色々な年齢の子どもたちが集まって保育を受けていましたが、他の子どもとのトラブルもありませんでした。

 

それと、浦安わかば保育園に限らず、小さな規模の保育園では、保護者同士の関係が非常にドライです。もしも気の合った保護者がいれば友達になる程度です。

 

園庭がなかったので、外遊びのために近くの公園まで子どもを連れて行くという点だけが気になりましたが、スタッフの先生方が丁寧な方ばかりでしたので、安心して子どもを預けられました。

 

今になって振り返ると、外遊びのために公園に行くのは、別に認可外保育園に限ったことではないことにも気づきました。

 

実際、園庭が用意されている日の出保育園でも、先生の引率の下で園児たちが近くの公園に行くことは珍しくありません。

 

 

そして、子どもが保育園での生活に慣れてきた時、東日本大震災がやってきました。

 

夫婦ともに職場から保育園に迎えに行くことができませんでした。一刻も早く子どもを迎えに行きたくても、電車が止まっていたからです。

 

首都圏では電話も不通になりました。連絡が取れません。ひたすら、浦安に向かって歩くしかありませんでした。

 

けれど、「篠田先生方ならば、自分達が迎えに行けなくても、必ず子どもを守り切ってくれるはずだ」という強い安心感がありました。

 

実家の親父に子どもを預けているような、そういう感覚があったのです。園長さんを信頼しているからこその気持ちだと思います。

 

また、規模があまり大きくない保育園というのは、非常事態に対して機敏に反応できることを知りました。

 

大規模な保育施設の場合、全体で行動しようと思うと、リーダーである園長と現場の保育士との間にサブリーダーが必要になることでしょう。副園長や主任の先生方を含めると大所帯です。

 

一方、浦安わかば保育園の場合、園長が率いる一つのチームですから、機動力がとても高いです。それは日常の保育においても、保護者からの要望に対応する際にもメリットがあることでしょう。

 

幸いにも祖父母が保育園に迎えに行くことができたので、子どもを受け取ることができました。チーム篠田の皆さんは平然としていたそうです。

 

 

それからしばらくして、うちの子どもは日の出保育園に転園しました。

 

浦安市の場合、認可外保育園から認可保育園に転園する際には、利用調整でポイントが加算されたと記憶しています。

 

そのため、認可保育園の空きがない場合には、とにかく認可外保育園に子どもを預けて、認可保育園の空きを待って転園させるという選択肢をとったのです。

 

失礼ながら、4月入園時に転園させるつもりで認可外保育園に子どもを預けましたし、その旨を園長さんたちにも伝えてありました。

 

当時に住んでいた美浜地区から当代島地区までかなりの距離がありましたし、第二子以降を考えると、認可保育園に転園させた方が良いと思ったからです。

 

けれど、もしも4月入園ができなくても、あまり深刻に受け取らなくてもいいような安心感がありました。

 

いざ、転園する時には、名残惜しい気持ちがありました。すでに場繋ぎとしての感覚がなくなっていたからです。

 

転園の際、先生方が、手作りの素敵なアルバムを子どもにプレゼントしてくださいました。表紙を開くと、スナップ写真が入っていました。

 

そこには、とても嬉しそうな顔をした僕たちの子どもが写っていました。

 

先生方も寂しそうだったし、保護者も寂しかったです。けれど、裏を返せば、それだけ素晴らしい保育園であり、園との繋がりができていたということなのでしょうね。

 

篠田先生方にお世話になった期間はあまり長くなかったけれど、不満に感じることも、不安に感じることもなく、今でも感謝の気持ちで一杯です。

 

子どもが大きくなった時、東日本大震災のことを尋ねられたら、「篠田先生たちが君を守ってくれたんだよ」と、その当時のアルバムを子どもに見せようと思います。