① はじめに

 

浦安に引っ越して来て良かったこと。それは、ロードバイクに出会えたことです。ライドも楽しいですが、浦安を中心として同世代のたくさんのサイクリストと仲間になりました。

 

サイクリングは、僕にとって趣味やスポーツとしての意味以上に、僕の人生において大切な存在になりました。

 

僕は、サブカルチャーが大好きなマニアックな人物でもあります。そして、独身時代、結婚や子どもに全く興味がない男でもありました。

 

将来にあまり期待がなくて、というか絶望していて、家庭を持つことにも興味がない。そんな感じでした。

 

独身時代は不摂生がたたって体にガタがきました。夕食はファミチキだけで、ゲームと映画とか、アニメのDVD三昧で、夜更かしして、翌朝は菓子パンをかじるだけのような生活を何年も続けていました。特に長生きをするつもりもなかったので、別にいいやと。

 

ある時、「ああ、このまま人生を終わるのは、何だか寂しいなぁ、僕は何のために生きているんだ?」という根本的な命題にぶつかったわけです。その時、「そうだ、あの人に保護してもらうしかない」と思いました。

 

僕の自宅に遊びにきた妻は、冷蔵庫の中に氷とお酒とマヨネーズしかない状態を見てドン引きし、「馬鹿なの? 死ぬの?」と思ったようで、結婚してからの生活はずいぶんとヘルシーになりました。

 

独身時代には自宅に炊飯器がなかった僕ですが、妻と一緒になってからは、驚くべきことに、毎日、ホカホカの白いご飯を食べられるようになりました。

   

しかし、長年の習慣で傷んだ、というか太った身体はすぐには戻りません。ウェストなんて、自分で見ても嫌になるような状態でした。男は三十路を超えると、すぐに太ります。食事制限だけでは痩せなかったりします。「いいんだよ、もう、この体型で。メタボのまま一生を終えてやる」と諦めていました。

 

ある時、通勤用に安いママチャリを買いました。突然、遠くに行きたくなって、1人で葛西臨海公園までママチャリを走らせてみたのです。

 

途中の道路で、衝撃的な光景を目にしました。必死に歩道の坂道を登っていたら、お揃いのチームジャージを着て、すっごく速そうな自転車に乗った男たちが、ブンブンとホイールをうならせながら、風のように車道を駆け抜けて行ったのです。確か、舞浜駅に向かう弁天の辺りだったと思います。

 

そして、僕が、えっちらほっちらと葛西臨海公園にたどり着いて、「お~、遠くに来たぞ~」と満足していた時、別のロードバイク乗りの集団が休憩をしていました。

 

自分よりもずっと年上の白髪頭のオジサンたちでした。きらびやかでカッコいいレーシングスーツを身にまとって、ハーフフィンガーのグローブやカッコいいサングラスをつけて。

 

ウェストがペッタンコで、腕や足がすごく引き締まって、真っ黒に日焼けしていました。ペダルに足を固定するための専用のシューズを履いて、すっごく素敵でした。

 

それに比べて、自分は何なんだと。不健康に真っ白で、ユニクロのTシャツにハーフパンツ、すね毛にサンダル履き。いかにもなパパさんファッションです。そして、たるんだお腹。茫然とそのオジサンたちを眺めて、恥ずかしいやら、情けないやら。

 

1人のオジサンが「君、ロードバイク、興味あるの?」と話しかけてくれました。「いえ、僕は無理だと思います。ほら、僕なんてママチャリに乗ってますから」と恥ずかしそうにしていたら、「乗れるさ、俺達、みんな、最初はそうだったんだよ」と言って、ロードバイクにまたがって走り去って行きました。

 

オジサンたちがシューズをペダルに固定する時の「カチッ!カチッ!」というカッコいい音が響いた光景は、今でもはっきりと思い出せます。

 

残された僕は、彼らの後ろ姿を眺めて、「ああいうオジサンになりたい!」と思いました。嫉妬でもなくて、屈辱でもなくて、純粋に「あの人たちのようになりたい」と思いました。

 

帰宅する際、ロードバイクの本を買ってきたのですが、チンプンカンプンでした。そこで、猫実地区のセオサイクルに行きました。ロードバイクを触って、自宅に帰ってくる時には、なぜか財布に注文書の控えが入っていました。

 

そう、勢いでロードバイクを買ってしまったのです。最初はクロモリ製の安いロードバイクでした。コンポーネント(フレームと車輪以外のパーツのこと)はSORAという一番安いグレードでした。それでも、自転車として考えるとすっごく高価で、僕にとって精一杯の買物でした。

 

注文してしまった後で、ふと我に返って、正座をして妻に相談です。「ちょっとさ、ロードバイクを始めようと思うんだ、というか、もう、買っちゃった」とカミングアウトしました。葛西臨海公園で見た光景を切々と説明して、ああいう体になりたい、たぶん、自分の人生観すら変わると説いた訳です。

 

すると、妻は「ああ、そうなの、どうぞご自由に。でも、安全運転ね♪」とあっさり賛成。休日はゲームばかりで、家から出ようともしなかった夫が、いきなり運動を始めようとしたことに、何だかうれしそうな顔をしていました。

 

最初の頃は、転んだり、メンテナンスが難しくて深夜まで困ったりもしましたが、今では、フレームと部品から、自分でロードバイクを組み上げることができるようになりました。走行距離もどんどん増えて、普通に100kmくらい走れるようになりました。

 

当時、ママチャリに乗ってゼーハーと息切れしながら葛西臨海公園にたどりついたメタボ男が、今ではカーボン製のロードバイクに乗っています。パーツもDURA-ACEというものに変わりました。夏場は真っ黒に日焼けして、職場の人たちからも、「おお、やってるの?」と笑われたりもします。

 

以前は、休日が近くなると夜更かしばかりしていた僕ですが、ロードバイクに乗るようになってからは、前日に早めに就寝して、信じられないくらいに早起きしてサイクリングに出かけるわけです。

 

何より、ロードバイクというのは、すごいカロリー消費量があるようで、メタボだったお腹もすっかり引き締まりました。ロードバイクに乗って、明らかに体が変わっていくことを実感しました。

 

あと、すごく困っていた肩や首や腰のコリが全くなくなりました。これはすごく大きいです。

 

そして、なぜか分からないのですが、ライドに行くと、心理的なストレスがすごい勢いでなくなっていくのです。

 

デトックス感とでも言いましょうか、イメージとしてはストレスがヘルメットの後ろから風と一緒に抜けていく感じ。自分の場合には、それがはっきりと分かります。

 

「トラック1台分の薬より、1台の自転車」という名言をご存じでしょうか? 太陽の光を浴びて、風に包まれながら、ペダルをまわして酸素を体に取り入れることは、心身ともに大切な何かなんだと思います。

 

1時間ぐらい走っていると、頭の中に不思議な幸福感がやってきます。

 

頭の中に蓄積してループし続ける悩みや不満、苦しみ、そういったことを客観的に眺めることができて、もう少し外側から自分を見つめて楽になれる感じ。

 

すると、途中から一生懸命にペダルを踏んで、クランクを回して、全身で風や光を感じて、無心になっていきます。

 

そして、川べりの草むらで休憩しながら、ゆっくりと流れる水と雲を眺めていると、自分という存在がとても小さく感じます。

 

「あれ? 俺、なんて小さなことに悩んでたんだろ。だって、ほら、自分だってこんなに小さいのに」って。

 

あくまで僕のイメージですが、ローディーの皆さんならご存じですよね?

 

イライラしていたりすると、妻は僕に「走ってきなさい!」とよく言ってくれます。それは、怒っているのではなくて、彼女なりの優しい気遣いだったりします。

 

確かに、現代はストレス社会と言います。体は大丈夫でも、突然、うつ病を発症して働けなくなるパパさんの話は珍しくありません。そういう話を耳にすると、正直、怖くなります。メタボ以上に怖いです。テレビやネットを見ると、元気だった人が、突然、動けなくなったりするみたいですし。

 

いくらイクメンとして家族のために頑張っても、病気で倒れてしまっては困ります。昔も今も、父親というのは、一家の大黒柱です。すぐに完治できないことが多いだけに、家族のダメージは大きいです。

 

浦安は素敵な場所ですが、通勤に時間がかかることがあります。毎日、毎日、満員電車に乗って、心が削られる人も多いと思います。

 

しかし、向精神薬を服用しても治らなかった人が、ロードバイクを始めてから完治して、それ以前よりも元気になったという話は珍しくありません。

 

つまり、サイクリングというのは、心身ともに素晴らしい運動であり、趣味なのです!!

 

と、強調しつつ、妻が読んでくれることを期待していたりもします。ボーナスで新しいカーボン製のホイールを、、、いや、なんでもありません。

 

そして、浦安というのは、荒川サイクリングロードと江戸川サイクリングロードに挟まれた地域です。実は、ローディから見ればまさにパラダイスのような場所なのです。

 

妻は、僕がネットショッピングで新しい部品を買っても、何も文句を言いません。あまりにデカい段ボール箱が届くと、「あなた、ワールドサイクルさんから何かが届いたけれど、何?」とわざと聞いてくる時はあります。「いや、ほら、ちょっと、自転車の。。。」と申し訳なさそうに受け取ったりします。

 

でも、不摂生がたたって、あまりに酷い体だった夫が、「わーい、見て、見て、ほら、腹筋が見えてきたよ!」と鏡の前で喜んでいた時には、妻は、とても生温かい眼差しで喜んでくれました。

 

お腹周りが気になっているお父さん、一緒に風を切って走りませんか? ロードバイクは、体のポジションをきちんと調整すれば、実は、体に優しい乗り物だったりもします。

 

四十路を越えて始める人はたくさんいますし、五十路でも、若者をぶっちぎる速いオジサンはたくさんいます。最初は何から始めればいいのか分からなくても大丈夫です。

 

浦安に住んでロードバイクに乗らないのはもったいないです。

 

第2章につづく